MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

クリスマスの前後は、仕事である場合が多い。
ゆえにあまり素敵な思い出もないのだが‥‥。


『クリスマスとマジシャンと、ホテル』


以前、クリスマスが近くなった12月のある日、
大阪空港近くのホテルに泊まったことがあった。
夜中にチェック・インして
翌朝早くに空港へ行くという日程だったので、
あまり良好なホテルには思えなかったが、
とにかく寝られればいいというような気持ちだった。
部屋は、ベッドの脇を通るのに
横向きにならなければ通れないような狭さ。
でもいいや、サッサと寝てしまいましょうと
ベッドに鞄を降ろすと、
隣の部屋から男性の咳払いが聞こえてきた。
どうやら歯を磨いているらしい。
ガラガラとうがいをし、咳払いをし、
はぁ〜ぁ、とため息をついている。
それらの音がまるで壁などないかのように聞こえてくる。
この壁は、ひょっとすると
ベニヤ板一枚しかないのではないだろうか。
とにかく、今はそんなこと気にしてる場合ではない。
私はベッドにもぐり込み、壁側に背を向けて目をつむった。
すると、うぉっほん、ごほん、あぁ〜ぁ、ふぁぁ〜、
隣の部屋のおじさんの声が丸聞こえなのだ。
いや、隣から聞こえているとも思えない、同じベッドの、
私の背中側におじさんがいるとしか思えない
聞こえ方なのだ。
私は恐る恐る背中側に振り向いたのだが、
無論おじさんがいるはずもない。
声はもちろん、ティッシュを取り鼻をかむ、
スリッパで歩く様子など、
おじさんの一挙手一投足が
手に取るように聞こてくるではないか。
おじさんの一挙手一投足など知りたくもないのだが、
聞こえてきてしまうのだからしょうがない。
私はほとんど眠れず朝を迎えたのだった。

2、3年前、我々ナポレオンズが出演する
クリスマス・ディナー・ショーが、
某都市の某ホテルで開催された。
お客様は皆それぞれに着飾っていて、
なんだか出演する我々よりも派手だったりした。
総スパンコールの御婦人もいて、
その方が動くたびにキラキラと輝くさまは、
まるで歩くミラー・ボールなのであった。
45分間のディナー・ショーは、
楽しい雰囲気のまま終了した。
その後は部屋に戻ってのんびりと過ごすのみだ。
ホテル側が用意してくれた部屋が素晴らしかった!
最上階の角部屋で、ベッド・サイドのスィッチを押すと
電動カーテンがスルスルと開いた。
大きなガラス窓に、輝く都会の夜景が広がっていった。
まさに、
「素晴らしい夜景を一人占め!
 夢のような一夜をお過ごしください」
だったのだ。
しかし、「一人占め」ってことは、一人ってことだ。
一人で窓辺に寄って、
「うわぁ〜、すごいなぁ。なんて奇麗な夜景なんだろう」
と、つぶやくって、楽しいのだろうか。
最上階の角部屋、夜景に感動していた私であったが、
すぐにその境遇の寂しさに気づいてしまった。
最上階、大きな窓に広がる
夢のように輝く都会の夜のパノラマ、
間接照明に浮かぶ大きなベッド、
その向こうに見えるバス・ルーム。
そこにも窓があり、
深いバス・タブはゆったりと足を伸ばせそう‥‥。
しかし、それらの光景も
やはり「一人占め」ではただ寂しさを
いやが上にも増幅させる要素でしかないのだった。
普通のシングルでいいんだよ!
どうせ一人なんだから。
仕事はうまく終わったし、
他にすることもないからシャワー浴びて
冷蔵庫からビール出してグビグビ、
しばしテレビでも見て寝ちゃいましょう、でいいんだよ。
それなら別に寂しくないってもんだ。
まぁしかし、こんな素晴らしい部屋を用意してもらって
文句を言うのは罰当たりというもの。
私は気を取り直してこの雰囲気を楽しもうと
努めることにした。
まずはルーム・サービスを頼もう、
私はメニューからサーモンのマリネのオリーブ添え、
3種のチーズなどをチョイスした。
飲み物はやはり白ワインだろう。
ルーム・サービス係の女性が、
「はい小石様、承知いたしました。
 すぐにお持ちします。
 それで、ワイン・グラスは何個お持ちいたしましょう?」
「一人分でいいです」
私が応えると、受話器の向こうで
「プッ」と女性が笑う声が聞こえた。

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2006-12-17-SUN

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