MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『マジシャンへの道』


マジシャンは信用の薄い職業である。
いつも、その一挙手一投足を
疑いの目で見つめられているのだ。
そんな過酷な状況に対するマジシャンの対策はと言えば、
やはり堂々として落ち着いた立ち居振る舞いであろう。
観客のいかなる疑いに対しても、
「そうですよね、そうなんですよ。
 確かに仰る通りなのですが、実はですねぇ‥‥」
いわゆる『 Yes & But 』方式で応答し、
少しも動揺を見せないのが
良きマジシャンの作法というものである。
また、濃い目のサングラスを使用し、
目に現れる動揺などを見られないようにするのも
有効な手立てであろう。
良いマジックのためにはなるべくスーツなどを着用し、
落ち着いた大人の風格を醸し出さなければならない。
やはり第一印象というものは大きいのだ。
近代マジシャンの開祖とも称されるロベール・ウーダンは、
それまでのマジシャンのイメージを一新する、
燕尾服にシルク・ハットを着用してステージに登場した。
その衣装によって、
ヨーロッパの社交界に認められる
マジシャンとなったのだという。
それまで抱かれていた、
なんだかうさんくさいマジシャンのイメージを払拭し、
堂々たるエンターティナーの地位を獲得したのだ。
なんだか話が大きくなってしまったが、
つまりは、マジシャンは常に自信満々でないと
ダメってことなのだ。
より良い服を着て、身だしなみを整え、
後ろ指を指されないようにして
観客の前に登場しなければならないのだ。
だが、しかし‥‥、
不幸はいつも突然にやってくる。
いつもの朝、大きなあくびとともに目覚めた私は、
これまたいつものように
洗面所で電動歯ブラシを手に取った。
スイッチを入れ、なにげに鏡に目をやった。
すると、め、め、目が赤い、充血してる。
な、な、なぜだ?
左目のやや下の方に血液が溜まっていて、
なにやら奇妙に悲しい眼差しになっているではないか。
しかも両目とも、一晩泣き明かしたように
ぼってりと腫れている。
私は激しく動揺した。
今日の夜、大切なパーティがある。
もちろんのこと、
ステージでマジックを披露しなければならない。
となれば、最近お気に入りの衣装を身に着け、
靴をより丁寧に磨いて出掛けなければならないであろう。
しかし、どんな良いスーツで極めても、
問題はこの腫れたぼってり目なのだ。
私はすぐさま、近所で名医と評判の眼科へと向かった。
「ふむふむ、充血してますねぇ。
 いわゆる打ち身の時のようなあざのようなもので、
 2、3日で消えて行くと思います。
 すぐに充血が消えてしまう薬、なんてものはないので、
 少しずつ血液が蒸発するのを待つしかないですねぇ」
私は名医に訊いた。
「この充血の原因は何でしょうか?」
名医はやや困ったように、
「もっとあれこれ調べれば分かると思いますが、
 今の段階では分かりかねますねぇ」
私はチカラなく自宅に戻り、あれこれ支度をし、
クヨクヨとパーティ会場へと向かった。
会場に着くと、待機していたマネージャーが
私の顔を見るなり、
「あれぇ?
 小石さん、なんですかその目はぁ、あははは、
 もうひどいですねぇ。
 あははは、『ものもらい』になってやんの」
私は、その言葉に激しく傷つきながらも、聞き返した。
「えぇっ? これって、『ものもらい』って言うの?」
するとマネージャーはカラカラと笑いながら、
「そうですよ。
 薬局でそれ用の目薬を売ってますから、
 それを差せば治りますよ」
マネージャーに買って来てもらったそれ用の目薬を差し、
帰ってからも数回差すと、
あの充血と腫れはウソのように消えてしまった。
名医でも分からなかった私の目の腫れ、
それをピタリと言い当て、
なおかつ適切な薬を用意してくれたマネージャーに、
私は感謝せざるを得なかった。

良きマジシャンへの道は長く険しい。

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2006-09-08-FRI

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