MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

私は楽天的である。
したがってマジシャンに向いているのだ。
「ハトが出なかったらどうしよう?
 トランプが当たらなかったらどうしよう?
 本当に胴体が切れてしまったら?
 頭回して目も回っちゃったら?」
こんなこと考えてたらステージに立てなくなってしまう。
ハトは出るだろうしトランプは当たるし、
美女は常に不死身で頭も回し放題なのさ。
そんなお気楽なマジシャンが始めたBAR経営とは?

『マジシャンのBAR』

2年前のある日、友人であり飲み仲間でもある
M尾T史氏より電話があった。
「突然なんですが、
 今度BARをやってみようと思いましてね。
 友人たちと共同経営になるんですが、
 小石さんも参加しませんか?」
以前からちょくちょく行っていたBARが
経営者の都合で閉めることになり、
気に入っていたBARの経営を引き継ぎたい、
とのことであった。
これはこれは面白そうな話ではないか。
私はふたつ返事で了解し、
さっそく第1回BAR共同経営者会議に
参加することになった。

2年前の6月某日、東京は快晴であった。
とある事務所の2階に集合したのは、
私を含めて9名であった。
M尾氏とS風亭S太師匠を除くと、
他は初対面の方々だった。
コピー・ライター、デザイナー、プロデューサーなど、
いわゆる業界人ばかり6人に、
タレント、落語家、それにマジシャンを加えた9名で、
BAR共同経営はスタートしたのであった。
私にとってBARの共同経営は初めてであり、
経営者会議に参加するのも初めてのことであった。
いささか緊張気味の私であったが、
話が進むうちにだんだんと嬉しくなってきた。
「たぶん儲かると思うんですよ」
「儲かったら、どうします?」
「やっぱり、チェーン店展開ですかねぇ」
つまり、9人の共同経営者全員が
見事なくらいに楽天的な人物ばかりだったのである。
きっとお客さんがわんさと詰めかけて、
売り上げは右肩上がり急上昇!
そんな繁盛ぶりを眺めながらグラスを傾ける、
さぞかし旨かろう、あははははは。
しかし、世の中そんなに甘いわけはないのを知るのに、
多くの時間を必要とはしなかった。
毎晩毎晩、BARの椅子を暖めているのは
共同経営者の9人のうちの誰かだった。
タレントと落語家とマジシャンの3人が、
他に誰もいないBARのカウンターに陣取り、
しょうもないことを喋り飲みして時が過ぎ、
やがて閉店時間を迎える。
そんな夜が続くと、いくら楽天的な我々でも、
儲かるどころか
赤字を覚悟しなければならない状況であると
気づかざるを得なかったのだ。

それでもなんとかBAR経営の日々が過ぎた某日、
テレビ局のロビーで経済評論家のSさんを見かけた。
以前お目にかかったことがあり、私は声をかけてみた。
「この度、BARを経営することになりました。
 飲み仲間数人と共同経営なんですよ」
と、私は出来たばかりのBARの名刺を差し出した。
すると、Sさん曰く、
「あぁ、そのBARですよねぇ。
 あのM尾さんたちと一緒にやられてるんでしょ。
 実はね、僕も経営に参加しないかって誘われたんですよ。
 でもね、どう考えても
 黒字経営にはならないと判断しまして、
 丁重にお断りしました」
そうだったのか‥‥。
あのBARは経済評論家に見放されたBARだったのか‥‥。
しかし、それで経営から身を引くほど
経済観念が発達していない我々だった。
「まぁ、なんとなく楽しいからいいじゃないですか。
 それに、これからあれこれ改善していけば
 絶対に流行るBARになりそうだし。
 なんだか未来は明るいような気がするんですよ、
 はははは」
あくまで明るい未来だけを思い描いているのであった。
ただし、その明るい予想には根拠など
まったくなかったのであるが。

ところがつい最近、
なんとその経済評論家のSさんがBARにお越しになり、
まるで予期しなかったことを申し出られたのだ。
「実は、このBARの経営に参加したいのですが、
 いかがでしょう?」
私は思わず、
「ということは経済の専門家から見ても、
 このBARが見込みのある店である、
 そういうことですよね!」
私は、やっと明るい未来の確かな根拠を
発見したかのような思いでSさんに問うた。
しかし、Sさんはいささか戸惑ったような口調で、
「いやいや、このBARは儲からないけど、
 オーナーの皆さんがあまりに楽しそうなもんで、
 いいかなぁと思って」
我がBARの未来は明るいのだろうか?
それとも?

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2006-05-07-SUN

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