MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

飛行機に乗るのは、あまり好きではなかった。
しかし、仕事柄かなり頻繁に乗らなければならない。
乗っているうちに慣れもし、
窓の景色を楽しむ余裕も出来てきた。
天気の良い日の飛行などは、
むしろ楽しみに思えるようにさえなった。
でもね、多くの飛行の中にはこんな経験も。
題して


『白のカーテン』


羽田の空は、今にも雪に変わりそうな
冷たい雨が降っていた。
これから向かう北国は、きっと雪が舞っていることだろう。
今回の仕事は、ホテルで開催されるパーティへの出演だ。
いつもの、あの街の光景が目に浮かんでくる。
雪に白く覆われて、でも不思議と寒さを感じないあの街。
車の騒音も雪に吸い込まれ、
音もなく滑るように動いている、あの街。
機内に入る準備が出来たようだ。
乗客たちが厚いコートを手にして、
搭乗ゲートへと列を作っている。
私たちはいつものように列の最後方に並びながら、
携帯電話の電源をオフにした。
前方の席に座り、機内誌をパラパラとめくる。
イヤホンを取り出して音楽を聴く。
すべてはいつもの通りだ。

窓にパラパラと当たっている雨粒がいつしか横に流れて、
機は一気に上昇して行く。
いつまでも厚く続いている雲の中を、
時おりガタガタと揺れながら飛んでいる。
すぐに水平飛行になったのだが、揺れはずっと続いている。
いつもの飲み物などのサービスが、
揺れのために中止になっている。
アテンダントの皆さんも
シートベルトを締めて着席しているのだ。
しかし、そんなに長い飛行時間ではない。
短い水平飛行が終わり、もうすぐ下降を始めるはずだ。

と、その瞬間、窓の外が真っ白になった。
強烈な光が窓を照らしたのだ。
すると、前方のスクリーンに投影されていたアニメ画面が
ぷっつりと消えた。
機内は真っ暗になり、ド〜ンというような音がした
(ように思ったのだが、
 本当にそんな音がしたのかは定かでない)。
飛行機は下降しているのではなく、急降下している
(ように思えたのだが、やはり定かではない)。
乗客たちの悲鳴が聴こえ、
私は声にならない悲鳴をあげた。
な、な、なにが起きたんだ。
この瞬間、私は誰を想うでもなく、ただ
『皆さんに迷惑ばかりをかけてきた
 私のこれまでの人生でしたが、どうか赦してください』
などと虫のいい懺悔をした。
ほんの数秒間の出来事だったに違いない、
機はすぐに体勢を立て直してくれたようだ。
揺れてはいても、水平状態になった。
明かりもすぐに再点灯し、
機内はなに事もなかったように静かになった。
安堵のため息があちこちから聴こえてくる。
「乗客の皆様にご連絡いたします。
 ただ今、当機に落雷がありましたが、
 飛行にはまったく影響ございませんので、
 どうかご安心ください。まもなく着陸態勢に入ります」
機はゆっくりと下降している。
もう地上も見えてきた。
が、雪は激しく舞っている。
視界を完全に奪う白いカーテンのようだった。
それでも、飛行機は見えない滑走路を目がけて降りて行く。
ところが、降りるはずだった機は
唸りをあげて上昇に転じたではないか。
再び機長のアナウンス、
「視界不良のため、当機はもう一度着陸をやり直します」
大きく旋回して、再び滑走路を目指した。
が、再び下降の後に急上昇した。
「当機は着陸を試みておりますが、
 万が一着陸できない場合羽田に引き返す場合もあります」
だが、もう誰も文句を言う気力もない。
皆押し黙ったままだった。

三度目、諦めかけていた着陸があっさりと成功した。
所定の位置に到着し、飛行機は完全に動きを停止した。
私はふぅとため息をもらした。
シートベルトを外し立ち上がろうとした瞬間、
私はがくんと足元に崩れ落ちそうになった。
緊張のあまり踏みしめていた足が、
一気に緩んで力が入らなかったのだ。
しかし、なんとか人に知られることはないようだった。
やれやれと前を見ると、
アテンダントさんが私の方を見て笑いをこらえていた。

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2004-10-26-TUE

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