MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『その後のMくん』


Mが帰国した。
あの、どこか頼りなかったMが、
余裕の笑顔を見せて帰ってきた。
ちょうどその頃、日本はバブル期を迎えていた。
あちこちに、様々な趣向を凝らしたレストランが
出現していた。
そんな中、横浜に巨大な広さを持つ
エスニック・レストランがあった。
港に面した一帯にはディスコやクラブ等が立ち並び、
今に敏感な業界人たちが夜な夜な出没するという、
まさにトレンディーなレストランだったのだ。

当時の日本の空気が、Mの帰国を待っていたのだろうか。
Mはそのレストラン『T』の専属マジシャンとなった。
人々が集って美味しい料理とお酒を楽しんでいる。
美しい夜景と吹きわたる潮風、
ワインの酔いが心地良い頃、
黒いスーツに身を包んだ細身のMが
テーブルにやってきた。
ん?
ひょっとして
この頃高級なワイン・バーなんかにいるというソムリエが
このレストランにも? などと戸惑う客に、
「このお店のサービスとして
 マジックをご覧いただいていますが、
 いかがでしょうか?」
Mの華麗なマジックが始まった。
Mはこのレストランを経営する企業と契約を結び、
破格の待遇で出演することになったのだ。

レストランの開店の時刻、
愛用の高級外車を駐車場に入れる。
手にしているのは黒いアタッシュ・ケースのみだ。
時に大ネタを使用するマジシャンは
道具とともにワゴン車などで移動するのだが、
カードだけを使うマジシャンのMには、
数組のカードしか必要がないのだった。
テーブルを廻って
華麗なカード・マジックを見せていくM、
隣のテーブルから驚嘆の声が沸き起こる。
いったい、何を騒いでいるんだろう?
そのざわめきが、
レストランのテーブルからテーブルへと伝染していく。
たちまち噂となったMのマジック、
「今夜、Mさんのマジックを見たいんだが・・・」
というリクエストが多くなっていった。
Mは、これまであまり存在しなかった好条件での
クロース・アップ・マジシャン
(大掛かりな仕掛けを使って舞台で演ずるのではなく、
 目の前で見せるマジックだけを演じるマジシャン)の
新たな仕事場所を開拓したのだった。

だが、いつしかバブル崩壊の時が訪れた。
Mの華麗なマジックの舞台となってくれたレストランは、
かつての賑わいがまるで夢であったかのように
閉鎖してしまった。
Mのマジックはいったいどうなってしまうのか?
そんな心配はすぐに杞憂となった。
Mのマジックの魅力は、
多くの人々の記憶に刻まれて口コミで広がっていた。
レストラン『T』という場所は消えても、
Mの噂は消えることなどなかったのだ。
Mは、セレブたちのパーティには
不可欠の存在になっていった。
テレビ等の媒体に頼らなくても
多くの顧客に認知される方法、
それはMのマジックの『美しい不思議』だったのだ。

あれからどれくらいの月日が流れたろう。
テレビ画面のM、いつものスタイリッシュな身のこなし、
Mの手の中でカードが独特の音を立てている。
シャッフルの音、スプレッドされたカード、
指の動き、すべてがいつものままだ。
Mはこれまでも数々のテレビ番組に出演している。
多くの不思議なマジックを創り出している。
だが、このところのMは
明らかにこれまでと違っているのだ。
Mは、それがどこであっても
観客が誰であっても
どんな媒体を通そうとも、
美しい不思議を美しいままに存在させているのだ。
特別に新しい道具を使うわけではない、
テレビ向きにしているわけでもない。
不思議そのものはMの中に存在していて、
Mの身体の中に不思議が組み込まれているのだ。
それゆえ、Mの指先がカードに触れた瞬間から
不思議が音になり、広がり、流れ出すかのようだ。
Mは見事に進化を続けている。

なんの因果か、彼は私と交流し続けてくれている、
これは嬉しい。
なにをしてあげた訳でもない、
なにかを教えたこともない、
それどころか時々教わっていたりしている。
先日も高級イタ飯をご馳走になったばかりだ。
困ったときにはMくん、
なにかにつけて頼りきっている今日このごろだ。
せめてものお返しに、
マジック界の先輩諸氏から
あれこれ言われて閉口しているMに、
「そういう時は先輩の手に五千円札を握らせて
 『これでかんべんしてくださいよ』と言って
 ニッコリ笑えば良いんだよ」
などと、実に有効なアドバイスをしたりする私である。

辛かった日々もあったことだろう。
悲しみに沈んでいる背中を見たこともあった。
だけど、不思議といつも一緒に生きてきたように思う。
マジシャンとして
あまり共通項も見いだせない私とMなのに、
なんだかずぅ〜っと一緒だったのだ。

今日も、この瞬間も、
カードをシャッフルする音を響かせているに違いない。
「Mくん、業務連絡です。
 仕事が終わったら、また美味しいイタ飯を
 ご馳走してください、
 お腹空かして待っています。
 尊敬すべき大先輩、小石より」
Mの将来の不安は、私という存在のみである。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2004-06-17-THU

BACK
戻る