MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

マジシャンとして25年以上を過ごしてきた
我々ナポレオンズは、
同時にニセ超能力者の手口を暴く
超能力バスターズとしても活動してきました。
あまりに巧妙なトリックに思わず脂汗を流したり、
しょうもないネタに苦笑したり。
そんな今回のお題は、


『その言い訳が超能力?』


その超能力者は、なんと様々なものを
空中に浮かすことができるという。
さっそく私たちは彼に会いに行った。
薄暗いスタジオに、彼はいた。
「どなたか、お札を貸していただけませんか?
 千円札でも一万円札でも、構いませんよ」
ジャケットの袖を肘までまくり上げ、
柔らかな物腰で語りかける彼は、
超能力者というよりマジシャンのようであった。
ひとりの女性が差し出した一万円札を、
彼はゆっくりと手の中で丸めていった。
その丸まったお札を、周りの私たちに指し示した後、
「このお札は借りたものですよね。
 私が用意したものではありませんよね。
 それに、私の手にはなにもありません」
そう確認した彼の手のひらから、
あの丸まったお札が
確かに空中に漂ってきたではないか!
周りの誰もが、思わず息を呑んだ。
超能力者のジャケットの袖はまくり上げられていて
怪しいところは微塵もない。
彼の手にはどこにも仕掛けなどありそうもない。
側にはテーブルすらなく、
なにか仕掛けがありそうなものなど、
一切見当たらないのだ。
私は、目を凝らして彼の手のひらを見つめ続けた。
すると、薄暗い照明のなかで
微かに見えてくるものがあった。
それは、彼の手のひらに付いている、
細い細い、数本の糸であった。
丸まったお札は、その見えない糸の上に
乗っているだけだったのだ。
私はため息をついた。
恐らく、他の誰にもこの糸は見えないだろう。
これは、およそ仕掛けを推測できる
マジシャンの目にしか見えない糸なのだ。
周りの皆が感嘆の声を上げるのを聞きながら
少し逡巡した私であったが、
これもマジシャンたる私の使命だと決断した私は、
「おいおい、ちょっと待った。
 君の両方の手のひらに張ってあるのは、
 ひょっとすると糸じゃないかい?」
さぞかし周章狼狽する超能力者かと思いきや、
彼はまったくといっていいほど落ち着いて応えた。
「そうなんです。
 実は私の手のひらから、
 人間には決して作り出せない不思議な糸が
 生えてきているんです」
あんたはクモかい?

その超能力者は、空を飛ぶという。
正確に言うと、念じることによって
凄まじいエネルギーが生じて、
そのエネルギーによって30m以上飛ぶのだという。
もしこれが事実ならば、
たとえ超能力ではなくとも走り幅跳びの
堂々たる新記録ではないか。
しかも、一切の助走なしで30m飛ぶなんて、
そんな人間見たことないぞ。
体育館を借りた。
30mも飛ぶのだから、かなりの空間が必要である。
飛ぶにあたって、衝撃吸収のためのマットを
たくさん用意した。
更に飛ぶ超能力者にはヘルメットを着用してもらった。
実はかなりのスピードで飛ぶために、
着地するというより30m先に
激突するようなものなのだという。
それくらいエネルギーは凄まじく、
まだそのエネルギーはコントロールできていないという。
故に、今回の実験では10mかもしれないし、
30m以上飛んでしまうかもしれない、とのことであった。
たとえ10mでも充分である。
助走なしに10m飛ぶ人間なんて、
これまで誰も目にしたことがないのだから。
体育館の壁を背にして、
ヘルメット姿の超能力者は深呼吸を繰り返している。
彼の前方には、どこに着地しても大丈夫なように
衝撃吸収マットが敷き詰めてある。
深呼吸が数回続いて、
今度は息を溜めるような仕草に変わった。
恐らく、今その凄まじいというエネルギーを
体内に蓄積し始めているのだろうか。
訳の分からないうなり声を発したその瞬間、
飛ぶ超能力者は後ろの壁にぶつかった。
彼の30cmほど(30mではありませんよ)
背後にある体育館の壁面に、背中からぶつかったのである。
後頭部をゴンと壁にぶつけて、
ばったりと倒れ込んだ飛ぶ超能力者は、
ヘルメットを脱ぎ捨てて言った。
「いやぁ、まだまだエネルギー・コントロールが
 完全でないなぁ。
 今回は前に飛ぼうとしたエネルギーが
 後ろに出てしまったらしい。
 もしこの背後の壁さえ無かったら、
 恐らく40m、いや50mは飛んでしまったかもしれない」
あんたは確かに、トンダ超能力者だよ。

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2004-04-22-THU

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