MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

どこの世界にも、どのような業界にも、
いわゆるドンと呼ばれる人が存在するものである。
その分野、ジャンルでは知らぬ者なし、
知らなければモグリなどと言われてしまう、
そんな人物がいる。
そんなドンに見初められれば良し、
見初められない芸人に未来は永劫に訪れない・・・。
そんな今回のお題、


「お笑い界のドンが、ナポレオンズを・・・」


正村林之介翁、御年89歳、関西お笑い界のドンである。
20代の頃、お笑いをメインにする劇場のオーナー職を
父親から受け継いだ。
その後、ごくごく弱小であった劇場を
たった一代で
関西、否日本最大のお笑いの殿堂にまで築き上げた
伝説の人物である。
その経営手腕はもちろんのこと、
正村林之介翁のその才能とは、
お笑い芸人を発掘かつその才能を見極めることにあった。
誰も見向きもしなかった芸人に声を掛け、
林之介翁が魔法の声を掛けるや否や、
その芸人はまるで太陽のごとく輝き出すのであった。
またある時は、
スタッフの多くがこれはいけるに違いないと
目を掛けた芸人に、林之介翁が首を傾げてしまった。
すると案の定、その芸人はロクに働きを見せぬままに
消えていってしまったりするのであった。

正村林之介翁の眼力は、すでに神の領域に入っていた。
その眼力は一度も曇ったことなく、
絶対無比の審判なのであった。
正村林之介翁の眼力は増々冴え渡り、
次々とお笑いのスターを創り上げていった。
60代70代になっても、80代を超えてなお、
若手お笑い芸人を発掘し育て上げる手腕に
寸分の狂いもなかった。
80代にして、
現代の若者に受ける芸人を見抜くセンスを持ち、
加えて円熟の至芸を築き上げるまで辛抱強く待ち続ける、
芸人にとって親のような温かさも持ち合わせていた。
その一方で、間違いなく将来のお笑いスターなどと
周りが褒めそやす芸人に、
「どや、ワシの言うことを少し考えてくれへんか?
 あんたは確かにオモロイところはある。
 しかしなぁ、ワシはあんたの才能は、
 ちゃうところにあると思うのや。
 あんたのその才能は、
 お笑いを構成するのに使うた方が絶対エエと思うのや。
 いっぺん考えてくれへんか?」
こうして正村林之介翁は、
芸人を支える構成作家たちも次々と発掘、
会社は盤石の強みを持つに至ったのである。

そんな正村林之介翁の名を冠した関西の大劇場に、
我々ナポレオンズが招かれたのであった。
時は1986年、まだデビューして間もない
無名のマジシャンであった。
一般の人々は無論のこと、
お笑い業界の人にさえ知られていない、
まるでゴミのようなお笑いマジシャン・コンビ。
それがなぜ正村劇場に出演する機会を得られたのか?
それはやはり正村林之介翁の一声からであった。
我々ナポレオンズが珍しくテレビ出演する機会を得た。
関東ローカル局のお笑い番組
「よこはま・笑って寄席」であった。
そこでほんの2、3分、
お世辞にも爆笑とはいえないマジックをした。
その番組が、
偶然にも正村林之介翁の目に留まったのである!
「あんなぁ、この人たち、一度呼べへんか」
鶴の一声、神のご託宣、
たちどころに劇場への一週間の初出演が決定した。

初日がやってきた。
「ナポレオンはん、えらいこってっせ。
 ウチの会長、お笑い界のドンが、
 なんと客席で高座を観るそうでっせ。
 えらい久しぶりやぁ」
確かに、お連れのスタッフ数人を従えて、
あのお笑い界のドンが我々をジィ〜っと見つめていた。
翌日、やはりお笑い界のドンは客席にいた。
しかも昨日よりかなり前で見つめている。
身じろぎもせず、ただひたすら舞台を見つめ、
時折ウムムムムゥという、
声にならないうめき声を上げるのみ。
「ナポレオンはん、こりゃ大変でっせ。
 これまで色んな芸人を観てきた会長はんが、
 こないに熱心に観るっちゅうのは初めてですがな。
 お笑い界のドン、正村林之介翁が
 これほどホレるっちゅうのは、
 ナポレオンはん、あんたたち
 並々ならぬ才能の持ち主っちゅうことですがな」

お笑い界のドンは、もう客席で観るだけでは
満足出来ないまでに我々の舞台に
興味を持たれたようであった。
ついには舞台袖にまでにじり寄って舞台を見つめている。
最後の大ネタを終え、息を弾ませて舞台袖に下がった私を、
お笑いの神様、ドンが手招きをなさっている。
フラフラと近づいた私の耳元に、正村林之介翁、
お笑いの神様、ドンのささやきが幻聴のように聴こえた。

「にいちゃん、ちょっと聞くけどなぁ、
 最後のアレなぁ、あの最後の大ネタなぁ、
 あれ、どないなっとん?
 ワシ、ここんとこずぅ〜っと観とんのやけど、
 さぁっ〜ぱり解れへん。
 気になってしゃ〜ない、なぁ、どないなっとん?」

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2004-02-19-THU

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