MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

季節はとっくに冬のはずなのに、
妙に暖かい日があったりする。
そんな日はなんだか不安になってしまうのです。
こんな日だよなぁ、
なんだか奇妙なことが起きてしまうのは‥‥。
などと思いつつの今回、


「あの声は、だれの声?」


北海道は札幌での仕事が入った。
3日間に渡るディナー・ショーのゲストとして
招かれたのだ。
メインのタレントは、かつて大ヒット曲を連発した
ムード・コーラス・グループであった。
曲は聴いたことがあるものの、
歌っていたグループのメンバーの顔は思い出せない。
街角のあちこちに流れていたあの唄、
あれからもう何年も時が過ぎている。
ひょっとするとメンバーのほとんどが
入れ替わっていたりするかもしれない。

千歳空港に着いた。
11月を迎えようとしているのに、
北海道は妙に生ぬるい風が吹いている。
寒さが厳しくなっているはずと、
かなり厚着をしてきていた私は、
背中にジワリと汗をかいていた。
ディナー・ショーの一行は、
3台のマイクロ・バスを連ねて出発した。
これから1時間半ほどの移動になるという。
私たちの車には、
私たちと司会担当の男性が一人乗っていた。
「なんか、ずいぶん遠いところらしいですよ。
 札幌っていっても、かなりの田舎まで行くらしいですよ」
司会は実は本業ではない、という
根本さんが話しかけてきた。
「そんな遠いところだから、
 泊まるところもホテルなんかじゃなくて、
 古い旅館みたいなところらしいですよ。
 ススキノなんてはるか彼方、
 それどころかラーメン屋すらないかもねぇ」
根本さんのボヤキが続いた。
2時間近くが過ぎ、
バスは大きな道を外れて草深い道へ曲がった。
「ホラ、もう人家さえなさそうなとこじゃありませんか。
 嫌んなっちゃうなぁ、まったく」
確かに、こんな山里の奥深いところに、
ディナー・ショーを開催しようというような旅館があるとは
思えなかった。
長く続いた草地を抜けて右折をすると、
いきなり目の前に大きな旅館が現れた。
四方はすべて果てしなく続いているような草地に、
ただその旅館だけがある。
季節外れの暑いくらいの風。
その旅館はまるで蜃気楼のように佇んでいた。

この日は前乗りというもので、
今夜はディナー・ショーもリハーサルもない、
ただ夕食を食べて眠るというスケジュールである。
明日はディナー・ショーの会場となる大広間で、
一行12名の遅い夕食となった。
「なんだか、寂しいところですねぇ。
 この時期に妙に風が暖かいっていうのも
 気持ち悪いしねぇ。」
根本さんのボヤキに、
隣に座ったコーラス・グループのマネージャーである
畑岡さんが声をひそめるように応えた。
「実をいうと、この旅館での仕事は初めてじゃないんだよ。
 もう何年前になるかなぁ、
 ずいぶん前にこのメンバーで来たことがあるんだよ。
 そこで、あることがあってさ」
畑岡さんの話が、暖かかったはずの私たちの背中を
瞬時に凍らせてしまうものになるとは‥‥。
「そのディナー・ショーもやっぱり3日間で、
 司会は佐々木っていう女の人だったんだよ。
 ところがさ、司会業は初めてかい?
 って聞いたくらいにヘタでさ。
 まぁヘタはガマンするにしても、
 ちゃんと曲名くらいは言ってもらいたいのに、
 それも間違えっぱなしだったんだよ。
 それでもさ、2日目には慣れてくれるんじゃないのって、
 メンバーたちも言ってたんだよ。
 それが笑っちゃうくらいに進歩しない。
 それどころか、退化してるっていうくらいに
 ヘタと間違いが続いたんだよ。
 それでもメンバーたちはガマンしてたんだよね。
 それどころか、緊張させると余計に悪くなるからって、
 こっちが遠慮してたくらいだった‥‥」
畑岡さんは、一度そこで言葉を飲み込むように黙った。
そうして、
「3日目、彼女は会場に来なかった。
 部屋から出てくることもなかったんだよ。
 部屋で、手首を‥‥
 初日の夜、彼女の部屋から
 練習してる声が聞こえてたんだよ。
 それが、翌日は聞こえないからさ、
 おかしいなぁとは思ってたんだけど」
畑岡さんの声は、まるで独り言のように小さくなっていく、
なのに私たちの耳にはハッキリと届いてしまうのだった。
「や、やめてくださいよ、まさかその佐々木さんの部屋が、
 今夜は私の泊まる部屋っていうんじゃぁ、
 ないでしょうねぇ」
根本さんが、たまらず声を上げた。
「いや、もうしっかりとお祓いも済ませてあるし、
 心配はないよ。
 さて、では皆さん、
 どうか今日からよろしくお願いします」
畑岡さんはいきなり締めの言葉を残し、
部屋に戻ってしまった。
「ナ、ナポレオンズさん、どうかお願いです。
 わ、私はこういうの、ダメなんですよ。
 こんな話を聞いて、
 ひとりの部屋でなんか寝られないですよ。
 だから、ナポレオンズさんの部屋で、
 一緒に寝かしてください」
根本さんは、本当に泣き出さんばかりだった。
布団を3つ並べると、根本さんはまん中の布団に入った。
「すいません、勝手言って。
 あと、電気は小さいのを点けて寝ましょうよ」
根本さんのあまりの怖がりように、
私は苦笑するしかなかった。

夜が更けて真夜中になった。
根本さんが上半身を起こす気配がした。
私は寝返りをうち、
布団から目だけを出して様子をうかがった。
「大変、長らくお待たせを‥‥」
小さな電球の明かりしかない部屋は
シンと静まりかえっている。
かすかに聞こえてくる根本さんの声は、
司会の練習のように聞こえてくる。
だが、その声は、根本さんの、男の声から
だんだんと女の声に変わっていく。
「大変、長らくお待たせを‥‥」
間違いない、その声は根本さんの声なんかじゃない。
私は目を閉じ、耳を塞いだ。
夜明けはまだずっと先‥‥。

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2003-11-09-SUN

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