MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

「カタストロフ・世界の大惨事」という映画があった。
なんだか面白そうだな、などと無邪気に映画館に入った。
ところが、当然ながら全編襲い来る災難のオン・パレード、
映画が終わるころにはすっかり暗い気分になってしまった。
世の中に、夢も希望もありゃしない、
あるのはとんでもない災難ばかりだよ、はぁ〜。
そんなことを思い出しつつお送りする今回、


「マジシャンの災難」


我々ナポレオンズは、
専修大学マジック・サークルの出身である。
あまり一般に知られていない事実であるが、
ほとんどの大学に
マジックの研究会や同好会が存在している。
1年に1度あるいは2度、
どこかのホールを借りて盛大な発表会を開催している。

さて、その学生マジシャンは最後に登場してきた。
えんび服を着こなして、
華麗なマジックを披露し始めた。
ハンカチからは純白のハトが出現し、
指先からはトランプが無限のように現れた。
また、時々ハンカチやトランプの中から炎が出現した。
その炎は一瞬燃え盛るものの、
すぐに煙りのように消え去ってしまう。
実に美しい演技、
こうなるとアマチュアのマジシャンであってもプロ並、
否それ以上の技術の冴えを魅せている。
異変は静かに始まっていた。
相変わらず見事なテクニックで観客を魅了していた
マジシャンの背後、お尻のあたり、
えんび服のちょうどシッポの辺りから
薄く煙りのようなものが立ち昇っている。
そしてそれはかなりのスピードで増加し始めた。
いまや観客席からもはっきりと見えてきた。
「も、燃えているぞ! おいっ、か、火事だ! 」
観客席のあちこちから
怒声のような叫びが上がり始めたが、
ステージ上のマジシャンには届かない。
彼には自分の背後、
えんび服のシッポの火事が見えていないのだった。
それどころか目の前の演技に集中のあまり、
背後に気をやる余裕など微塵もなかった。
シッポはもはや白煙ではなく炎になり始めていた。
万事窮す、袖から飛び出してきた男が
マジシャンめがけて消火器を噴射した。
あわれ華麗なるマジシャンは
白い泡だらけマジシャンになってしまった。
場内は騒然となったが、
すぐさま緞帳が降りて客席が明るくなった。
「フィナーレです!」
何事もなかったかのように、
弾んだ女性のアナウンスが流れ、緞帳が再び上がった。
手拍子とともに、
今夜の舞台を務めたマジシャンたちが次々と登場してきた。
舞台にズラリと並んだマジシャンたちを割って、
中央からさっそうと登場した最後のマジシャンこそ、
かの消火器の白泡まみれマジシャンであった。
観客に向かい深々とおじぎをする泡マジシャンに、
観客の熱い拍手が沸き起こった。
と同時に、遠慮ない笑いが場内に満ちた。

彼はトランプを操る天才マジシャンである。
長身大柄でありながら、その指先はあくまで繊細である。
ところが、そんな天才にも重大なピンチがやってきた。
ある日突然に、トランプを操る指先に異変が起きたのだ。
完璧だったはずの指先に、
微妙に震えが感じられてしまうのだ。
出番はもう1時間後に迫っている。
この震えのままでは、いつもの演技は不可能だろう。
どうする? 
彼は、友人からの差し入れであるビールに手を伸ば
した。背に腹は代えられない、一気に飲み干した。
するとどうだ、震えはピタッと止まったではないか。
その夜の彼の演技が
観客を魅了したのは言うまでもない。
翌日から、急な震えのためのビールが不可欠となった。
しかし、そのビール効果もすぐに消えてしまい、
もっとアルコール度数の高いワインで
対応せざるをえなくなっていった。
そうしてウイスキー、ジンと、
震え対策は変化していったのである。
その夜も、天才マジシャンの指先は震えていた。
だが、彼は少しも動揺していなかった。
ウオッカをひと瓶手にしていたのである。
さぁこれで震えとはオサラバ、彼は一気に飲み干した。
さすがのウオッカ効果、
指先の震えなど微塵もなく消え去っていた。
さぁ、ステージへ向かうぞ!
椅子から立ち上がって歩き始めた天才マジシャンは、
自分のヨレヨレちどり足にまるで気付いていなかった。

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2003-09-10-WED

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