MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

呪いの手妻

浅草に住む松吉は手妻師である。
手妻師とは今でいう手品師、
マジシャンのことである。
手を稲妻(カミナリの一瞬の光り)のごとく、
すばやく使うことから手妻師と呼ばれるようになった。
松吉は手妻の腕こそ見るものがあったが、
あまり人気のある芸人ではなかった。
腕前の良さにうぬぼれて、
おのれの芸に酔ってしまっているのだから
始末が悪い。
贔屓にして宴席に呼んでくれるだんな衆も
さっぱり見つからない。

したがって懐具合いはいつもスッカラカン、
「ちくしょう、どいつもこいつも俺の芸、
 手妻の腕の良さに気付かねぇ。
 ろくでもねぇ芸人ばかり贔屓にしやがって、
 節穴ばかりだぜ」
反省どころか、ひがみばかりが増す一方であった。
そんな松吉には、
実はとんでもない恐ろしい才能があったのだ。

ある日のこと、
いつものように寄席の楽屋口に向かった松吉、
席亭とばったり出くわした。
「おう、松吉、相変わらず
 面白くねぇ顔してんじゃねぇか。
 そんなんだから客受けも良くねぇし、
 だんな衆も贔屓にしてくれないんだぞ。
 それになぁ、俺と出くわしても
 挨拶ひとつしねぇってんじゃ、
 芸人とはいえねぇぞ。
 芸人はなんといったって愛敬が大切じゃねぇのかい? 」
 
痛いところを突かれてグウともいえない松吉だが、
それでも反省どころか席亭を逆恨みするのだった。
「ふざけんじゃねぇやい、
 顔を会わせりゃぁ偉そうなゴタクを並べやがって。
 芸なんて分かりゃぁしねぇ
 素人がごちゃごちゃいうなってんだ」
そして、とうとう呪いの言葉をひとりごちた。
「あんな奴、死んじまえばいいんだ」
すると1年後、
席亭は原因の分からないまま
突然亡くなってしまった。
通夜の席で、
「少しは俺の芸を分かってくれりゃぁ、
 席亭さんもこんなに
 突然死ぬことはなかったかもなぁ」
心の中で毒突く松吉であった。

しばらくして、
珍しく松吉に声をかけてくれるだんなが現れた。
宴席に呼ばれた松吉であったが、
相変わらずの無愛想、
ちょっとした手妻を見せただけで酒をあおってばかり。
そのうえ酔って芸者たちにからみ始める始末。
「おい松吉、今夜はもう帰んな。
 ほら、これは今夜のお駄賃だ」
だんなに小銭を投げつけられてしまった。

「ふざけんじゃぁねぇや、
 てめえが呼んだから来てやったんじゃねぇか。
 なのにセコな銭投げつけやがって、
 てめえなんか死んじまえばいいんだ」
このだんなも、驚いたことに
1年後に亡くなってしまった。
やはり原因はさっぱり分からないままだった。

こんな恐ろしいことが、
松吉の周囲ばかりで起きてしまうのであった。
つまり松吉の才能とは、信じられないことに
人を呪い殺してしまうというものだったのだ。

松吉は、うすうすおのれの才能に気付いていた。
「俺が呪ってやった奴らは、
 本当にあっさり死んでしめぇやがる。
 ひょっとすると、俺の呪いの力ってぇのは
 本物かもしれねぇ」

そんな松吉が、密かに想いを寄せている女がいた。
亡くなった席亭のひとり娘、お花であった。
誰とも心を通わすことが出来ないでいた松吉に、
ただひとり優しく接してくれたのがお花であった。
松吉はお花だけを愛していた。
お花にだけは人間らしい想いを持てるのだった。

ところがある夜、
松吉はお花が男と歩いているのを見てしまった。
その男とは、このところ人気の出始
めた若手落語家の好春であった。
「お花さん、俺は見ちまったんだよ。
 お前さんがあの好春と
 親しそうに歩いているのを」
お花はきまり悪そうに応えた。
「みんなが、『あの好春だったら』って
 喜んでくれるの。
 松吉さんも賛成してくれるでしょ」

松吉は悔しくてならない、
これほど想いを寄せているのに。
お花だって、
まんざらでもない様子を見せていたのに。
お花だけが、俺にだけ優しい声をかけてくれてたのは、
いったいなんだったんだ。
そして、思わず口をついて出てしまった。
「あんな女、死んじまえばいい」
あわれお花は1年後に散ってしまった。
通夜の席、
涙を拭きもせず泣きじゃくっていた好春が、
松吉に駆け寄ってきた。
「兄さん、お花がいつも言ってました。
 兄さんの手妻はもっと良くなるはずだって。
 前に亡くなったお花のお父っつぁん、
 席亭からの受け売りなんだけどさって。
 お花と席亭の、兄さんへの遺言だと思ってください」

松吉は、愕然とした想いに沈んでしまった。
なんてことだ、
俺はまるで人の気持ちが分からないでいた。
「こんな俺こそが、
 死んじまえばよかったんだ・・・」
生まれ変わったように芸に精進した松吉は、
大勢の人たちに惜しまれつつ、
1年を待たずこの世を去った。

2003-05-18-SUN
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