MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

あるFM局を聴いていたら、パーソナリティーが
「○○さんは
 雑誌『それいけ』の編集長をしていらして・・・」
などと人物紹介をしていた。しばらくして、
「先ほど『それいけ』と紹介しましたが、
 『それいゆ』の間違いでした」
と、訂正していた。
誰にでもあるよね、ちょっとした


「間違い」


ある大学の学園祭に招かれた。
出番までまだたっぷりと時間がある。
大学のキャンパス、懐かしさもあって
あちこちブラブラと歩いていた。
「あのぅ、すいません、サインもらっていいですか」
現役の大学生らしい男が声をかけてきた。
手にしているのはサイン・ペンのみ、
色紙もなにも持っていない。
彼はいきなりジャケットを脱ぐと、
Tシャツの背中をこちらに向けて言った。
「背中に書いてほしいんですけど」
まぁいいか、時々あるんだよね、こういうの。
さぁ書いてみようか、と思った瞬間、

「僕、すっごいファンなんです、
 電撃ネットワークさん!」

うん? なんだって、電撃ネットワーク? 
(サソリを食べたり、
 クラッカーを口の中で爆発させたりの危険な芸で有名。
 東京ショック・ボーイズとして海外でも活躍している)
そういえば以前に言われたことがあった。
私は電撃ネットワークのメンバーのひとり、
三五十五(さんご・じゅうご)さんに
良く似ているらしいのだ。
確かに、以前仕事で一緒になった時、お互いに
「似てますねぇ」
などと話したこともあった。
とにかく目の前の男は心底感激している、
私を三五十五さんと信じて。
こういう状況で、
「いや、間違いだよ。
 私はナポレオンズというマジシャンで・・・」
などと誰が言えよう。
「そうなの、じゃぁTシャツに書いちゃうよ」
などと笑いながらサインを始めた。
といっても電撃ネッットワークさんのサインを知らない。
まぁいいや、この男も知らないだろうし。
ところが電撃の「電」は書けたけど、
次の「撃」という漢字が出てこない、書けなかった。
仕方なく「撃」はひらがなになってしまった。
男のTシャツの背中に
「電げきネットワーク」
などという妙なサインが残った。
あの日の大学生君、あのサインは偽物だよ。
でも、心はこもっている偽物だからね。

1980年代に入ると、
海外から大物マジシャンが来日することが多くなってきた。
ブラックストーンJr
(アメリカでマジック一座を結成、
 大掛りなネタを得意とするマジシャン)
が来日したのもそのころであった。
ある方の紹介で、ペーペーであった私たちは
ブラックストーンJr一座の日本公演での
アシスタント(ただの道具運び)にしてもらった。
「日本の若手マジシャンです。
 なんでもいい、使ってやってください」
するとブラックストーンJrが真顔で私たちに告げた。
「大ネタを運んでもらうが、
 決して中を覗いたりしないように! 」
重いネタ箱をゼーゼー運ぶのだが、
おしまいの方になるとさすがにキツい。
とうとう途中でガッタ〜ンと落としてしまった。
そのはずみでフタが外れ、中の道具が外に飛び出している。
「おいおいヤバイぞ、早くしまっちまおう」
だが時すでに遅し、
ブラックストーンJr本人が
私たちを睨んでいるではないか。
「きさまたち、
 やっぱりオレのネタの仕組みを盗もうとしてるな、
 許さんぞ」
などと(あくまで推測だが)怒鳴っている。
「ご、誤解です、ま、間違いです」
英語ができたら言えたのに。

まだ私が現役大学生のころ、
世の中は長髪ブーム
(現在のロン毛ではなく、
 ビートルズに影響を受けた長髪、
 マッシュルーム・カットなどと呼ばれていた)
であった。
私も例外でなく、
肩まで伸ばした髪を内側に軽くカールさせるという
ヘア・スタイルであった。
今それらの写真を見ると思わず笑ってしまうが、
当時は皆そんなような髪型だったのだ。
終電近い小田急線の車内、かなり混んでいた。
吊り皮にぶらさがっている私の右手に、
後ろから重ねるように乗せてくる手があった。
「まただよ、この髪型のせいで
 女性とカン違いする男がいるんだよね。
 どうせまたいつものように酔っ払ったおじさんだろう」
ふりかえって私はキッパリと言ってやった。
「すいません、間違いですよ。僕、男なんですけど」
後ろのオールバックの男が小さくささやいた。
「うん、分かってる」

2003-03-23-SUN

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