MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

「一富士、二鷹、三なすび」
良い初夢の代表である。
私は残念なことにこれまでどれも見たことがない。
「いやぁ、初夢は富士山の山頂でなすびを食べてたら、
 鷹が飛んできてなすびを
 持っていってしまったという夢を見たよ」
なんて人にも会ったことがない。
マジシャンの見る夢で一番多いのは、
なんといってもネタを仕込み忘れて大パニック、
というもの。
どんなにベテランかつ一流のマジシャンも、
必ず見てしまう悪夢なのだ。
それらの悪夢が、
夢のままであってくれれば平和なのだが。


「悪夢」


それにしても、
いったいなぜこんなことになっちまったんだろう。
あの頃は良かったなぁ、
なんせ好きなことができたもんなぁ。
元プロ・マジシャンだったオレは、
これまで何万回となくついた深いため息を、
また今日もついちまった。
あの頃は良かったなぁ、
渋谷のクロスタワー・ホールでの
「わくわくマジック・アイランド」なんて名付けたライブ、
面白かったなぁ。
色んなゲスト・マジシャンを招いて開催したんだ。

まずはジミー菊池さん、すごかったなぁ、
あのガチョウの分裂。
なんせ生きたままのガチョウが突然現れるだけでも
ビックリなのに、
その一羽がなんと二羽に分裂してしまうという
アゼンボーゼンの技。
続いては亜羅仁&有加の人体瞬間入れ替わり。
密封状態の箱に入った有加さんと
外にいたはずの亜羅仁さんが
瞬時に入れ替わってしまうというマジック、
すごかったなぁ。
マーカ・テンドーさんのテクニックたるや、
人間技とは思えなかったもんなぁ。
なんであんな細か〜い指技を
いとも簡単そうにやれるんだろう。
いったいどうしたら、あんな技をマスターできるんだ?
(あんな技ができるんだから、
 少しくらい太ったからといって責めるのはいけないよ)

おいらたちナポレオンズはなにをやったのかって?
それがさ、いつもの通りのネタばらしをやったんだよ。
そりゃあ、とりあえずウケたと思うよ。
しかしなぁ、このネタばらしで
何回もしくじってきたんだよ。
もうずいぶん昔のことになっちまったけど、
(社)日本奇術協会の会員となって以来、
順調に出世して理事なんて役職を任されたりもした。
ところが降って沸いたような「タネ明かし・タブー説」、
つまりはマジシャンたるもの
決してタネを明かしてはならない、という原則。
その頃からタネあかしを
メインのレパートリーとしていたおいらたちは、
この原則に反しているとして、激しく攻撃されちまった。
その結果としての降格人事、
たちまちヒラ会員に逆もどり、
以来冷や飯食いの日々だよ。

それでもまぁ、まだ良かった。
仲間どおしでライブなんかもちょくちょくやったりして、
けっこう賑わっていた。
なのに、そこにプロ、アマのマジシャンたちの
抗議運動が始まってしまった。
つまりは
「マジシャンたるもの原理原則に立ち返れ」
という運動。
これはすごかったなぁ、
プロもアマチュア・マジシャンも含めて
この運動に賛同する人数は多かった。
一度運動に勢いがついてしまうと、
もう誰にも止められないのが我が国民性なのかもなぁ。
「タネ明かしはヤメロ〜! 原理原則を守れ〜!
 タネ明かしをするマジシャンを追放しろ〜!」
これは効いたなぁ。
確かに、タネ明かしは
自分で自分の首を絞めるようなもの、という主張は
分かるような気がする。
タネあかしは、先輩たちが築き上げてきた
秘密の仕掛けを無にする行為である、
と言えるかもしれない。
だけどさ、それだけを後生大事に守っていけば良いのか?
それでマジック界は成長していけるのか?
まぁそんなに難しく考えなくても、
ただ単純にタネ明かしって面白いじゃん。
めちゃウケたりもしたってことは、
お客だって喜んだってことだし。
それがどうしたことか、
「タネ明かしは、犯すべからざるタブーである」
という原則が一般に受け入れられてしまった。
ちょうどおいらたちがやったライブが終わって
8年くらい経ったころ、
まさかまさかと思っているうちに
(アマチュア・マジシャンの中に、
 有力な政治家が数人いたのが災いしたなぁ)
法制化に一気に進んでしまったのだ。
「タネ明かしはしてはならない」
という、まさかまさかの法律が制定されてしまった。
驚いたよ、まさかここまで運動が盛り上がるとは。
まぁしかし、やっぱり原則というのは強いもんだ。
それに、
「タネ明かしはいけない」
という原則に明確な反論ができなかったというのは、
まぎれもない事実だしなぁ。

「手品のタネを明かした者は、3年以下の懲役、
 または100万円以下の 罰金刑に処す」
これはきつかった、しかも執行猶予期間中には
(社)日本奇術協会の指定する道場で
タネがバレないようになるまで修業しなければならない、
なんてことになっちまった。
おいらたちは何度修業させられたことだろう、
厳しい審査をクリアーしないと
再び世に出てマジックを演じられないってことになって、
しんどかったなぁ。

そうこうしているうちに、
「あのマジシャンは、
 タネ明かしをするつもりはないというのは明確であるが、
 それでもタネがバレているので有罪である」
という判決が出た。
こうなるともういけない、
とにかく良い悪いなどという評価など意味がない。
タネがバレた、即有罪である、という世の中に
なってしまった。

タネのないマジックなんてない。
推測不能なトリックもまた、ない。
つまりは、マジックを演ずるという行為が
たちまち有罪ということになった。
プロもアマチュアもない、だれもかれも有罪なのだ。
古来、一度もタネ明かしをしなかったマジシャンなど、
誰ひとり存在しなかったのだから。

マジックの秘密を守ろうとした人々の運動、
「タネ明かしは止めろ!」
は見事に結実した。
そして秘密は守られ、マジシャンはこの世から消え去った。
別に珍しいことではない、よくあることかもしれない。
それにしても、失ってこそ分かる。
マジックって、面白くて
まだまだ深い魅力に溢れてるもんだったなぁ。
もうちょい、極めてみたかったなぁ。
マジシャンです、というのが
何だか誇らしく思えてたのになぁ。
おいらはこの先どうして生きていけばいいんだ?
あの日のライブの楽しさ、温かさが
まだ心の底に残っているっていうのに。

ある日、親しい元マジック仲間からから誘いがあった。
なんでも、実に興味深い集まりがあるという。
どうせ無職になってしまって暇を持て余している、
喜んでついて行った。
なんと、そこは闇で営業している
マジック・バーだったのだ。
あのマジシャンもこのマジシャンも、
生き生きとした表情でマジックを演じているではないか。
なんかジャケットの襟あたりに
怪しげな糸なんかが見えているけど、ここなら大丈夫。
だれもかれも自分勝手に酔いしれていて、
すべてが昔のままだ。
突然、すべての明かりが消えた。
警察が踏み込んできたのだ。
おいらたちは抵抗する気力もなく逮捕された。
「みんな、ずいぶんと楽しそうなのに。
 なぜだ?
 おいらたちが、いったい何をしたっていうんだ?」
思わずひとりごちた。

と、ハッと目が覚めた。
夢だったんだ、それにしても嫌な夢だったなぁ。
でも夢で良かった、
おいらはまだマジシャンでいられる・・・。

2003-03-09-SUN

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