MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

敬愛してやまないお笑いのグループに
「玉川カルテット」がある。
「わたしゃ、も少し背がほしぃ〜」
という名セリフの、あのグループである。
ありがたいことにあっちこっちの仕事先で一緒になり、
興味の尽きないお話はもちろんのこと、
同じ湯船に浸かって芸談義などという
シアワセな時間もあったりする。
そのメンバーの方々のひとり、
松木ポン太師匠の三味線のすごいこと!
いつも舞台袖で聴いて身震いをしてしまう私である。
「う〜ん、すごいなぁ」
と言うと、
「あんたも習えばいいじゃん、教えてあげるよ」
ありがたいお言葉でありますが、
仮に習ったとしても10年でソコソコ。
いや、何年習っても出る結論は、
「才能がないもんが一生懸命やっても、ダメなんだねぇ」
なんてことになるに違いない。
様々な分野の、
恐ろしいまでの才能を前にしてつぶやく今回、


「あいつが出てきちゃって・・・」


「チャニングが出てきちゃったからさ、
 ハト出しはやめたんだよ」
これは、ヴァイオリンのマジックで有名なマジシャン、
ノーム・ニールセンの言葉である。
ノーム・ニールセンは、
色々なマジックを器用にこなすプロ・マジシャンであった。
その技術には定評があり、
彼自身もその才能に自信を持っていた。
そこに突然現れたのが、チャニング・ポロックであった。
ポロックは、ロンドンでプロ・デビューするや
一夜にしてスターとなった伝説のマジシャンである。
「チャニング・ポロックのマジックを見たか?
 本当になにもないハンカチーフから、
 生きた真っ白なハトが飛び出してくるんだよ!」
ロンドンの社交界は、
ポロックの素晴らしいマジックについての噂で
持ち切りとなった。
宿泊先のホテルには、
彼をひと目見ようという人々が詰めかけたという。
チャニング・ポロックこそは
今やマジシャンのスタンダードとなった、
ハトをハンカチから出現させるというマジックを
芸術にまで高めた人物なのであった。

ノーム・ニールセンも、
それまでハト出しのマジックを
得意なレパートリーにしていた。
悪くない出来栄えと、秘かに自負していたのである。
そこに突如ポロックが登場してきた。
2メートル近い長身、がっしりした体躯、甘いマスク、
そしてなによりそのテクニックたるや・・・。
ノーム・ニールセンは打ちのめされてしまった。
これまで大いに自信と誇りを持っていた自分のマジックが、
ポロックの前では
あまりにつたなく思えてしまうのであった。

ノーム・ニールセンはすべてを捨てた。
それまで演じていたすべてのマジックを
完全にやめてしまった。
彼は悩み苦しみ、奈落の底に沈んでしまったのだ。
だがそこで終わってしまうほど、
彼のマジックに対する情熱は中途半端ではなかった。

すべてを捨てた後、
彼は新たなノーム・ニールセンのマジック、
彼だけにしか演じられないマジックの創造に
向かったのである。
苦しみ抜いた分、もう誰が出てきても揺るぎない
ノーム・ニールセンだけのマジックを完成をめざし、
苦難の後見事に結実させたのである。
フルートを吹いているノーム・ニールセン、
その手にあって柔らかな音色を奏でていたはずの
フルートが一瞬にして消え去っている。
と、その手にはあふれんばかりの銀貨が!
その銀貨を鉄琴に落とすと、美しい旋律を奏で始める。
続いて白いヴァイオリンを手にするノーム、
弦を弾こうとするとヴァイオリンは
意志を持ったように宙をフワフワと漂う。
追いかけようとするのだが、
ヴァイオリンは布の中で煙りのように消え去ってしまう。
ところが、アンコールの声に応えて
再登場したノームとともに、
消えたはずのヴァイオリンが登場し
拍手に答えて首を折ってお辞儀をするのであった。
その美しい音楽とのコラボレーション、
確かなテクニックだけが創り出す本当の不思議。
ノーム・ニールセンは再びよみがえったのである。
もしも、チャニング・ポロックというマジシャンが
この世に出現していなかったら、
ノーム・ニールセンの
あの素晴らしいマジックも存在しなかったに違いないのだ。

昭和50年代に、
「ヨーロッパの夜」という映画が上映された。
ヨーロッパの一流ショー・クラブなど、
夜の観光スポットを紹介するという内容で、
様々なヨーロッパの都市を
スクリーンで楽しむものであった。
あるマジシャンは、その映画が上映されているあいだ中
ずっと見続けたという。
なぜならその映画の中に、
あのチャニング・ポロックのハト出しの演技が
入っていたからであった。
ビデオなどなかった当時、
何度も見て完ぺきに覚えるしかなかったのだ。
そんなマジシャンが世界中にどのくらい居たのだろう、
たちまち
ハト出しを演じるマジシャンばかりになってしまった。

だが、天才は天才を知る。
ノーム・ニールセンはポロックのハト出しを見て、
ほかの多くのマジシャンのように
なんとかコピーしようとはしなかった。
むしろそれまでのすべてのレパートリーを放棄してまで、
新しいマジックを創り出さねばならないと思ったのだ。
これまでのマジックを演じている限り
ポロックに並ぶことは出来ないことを、
彼は瞬時に知ったのである。

「チャニングが出てきちゃったからさ、
 ハト出しはやめたんだよ」
実にカッコよく、印象的な言葉ではないか。
出てきちゃったチャニングもカッコいいけど、
こられちゃったからがんばっちゃったノームも
偉いのである。

これを別の分野に置き換えてみると、
「小泉さんが出てきちゃったからさ・・・」
「田中さんが出てきちゃったからさ・・・」
「ベッカムさんが出てきちゃったからさ・・・」
「タマちゃんが出てきちゃったからさ・・・」
なんだか例えが分かりづらくなってしまったようだが、
誰かが華々しく登場する陰で
誰かが秘かに姿を消してしまうという残酷さが、
マジックの世界にもあるということなのだ。
だが残念(?)なことに、
「ナポレオンズが出てきちゃったからさ、
 お笑いマジシャンをやめたんだよ」
なんて話は聞いたことがない。
また反対に、
「○○が出てきちゃったから、
 おいらたちナポレオンズはアレをやめたんだよ」
なんてことも、まだない。

先日、マジシャンたちの集まるパーティに参加した。
そこでさっそく、
「ねぇ、
 『ナポレオンズが出てきちゃったから、
  ○○をやめたんだよ』
 という質問があったら、○○には何を入れる?」
と問うてみた。
すると皆、あれこれと考え始め、
「ナポレオンズが出てきちゃったから、
 僕もプロ・マジシャンになっちゃいました」
「出てきちゃったから、気分が楽になりました」
「出てきちゃったから、笑っちゃいました」
サンタンたるお答えをちょうだいしてしまった。
誰も、何もやめてなかったのであった。
我々ナポレオンズ、
プロ・マジシャンの世界に出てきちゃって四半世紀を過ぎ、
26年目に突入いたしました。
「出てきちゃったから、・・・」
というにはあまりに時が過ぎてしまった。
幸運(?)なことに、
人様の芸域を狭めることなく今日に至っている。

先日、パソコンの普及によりワープロの生産が終了、
という記事を読んだ。
誰もが携帯電話を持つようになって、
公衆電話が減りつつあると聞く。
何かが出現し、何かが姿を消してゆく。
マジックは相当にアナログだ。
これから訪れるであろう未来、
「デジタルの時代になっちゃったからさぁ、
 マジックはいらなくなったんだよ」
なんてことにはならないよね、
ニールセンさん?  ポロックさん?

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2003-01-24-FRI
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