MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

「ライフ イズ マジック」を
読んでいただいている皆さま、
今年もまいど馬鹿馬鹿しいお話の数々、
どうぞよろしくお願いいたします。

「趣味はなんですか」
こういう質問にあれこれ答える私であるが、
実は大した趣味などない。
人並みに様々なことをやってみたりしたのだが、
どれも夢中になるものがなかった。
まるで無趣味というのも味気ない、
そこで始めたのが散歩である。
と、これが意外と長続きしている。
そこで今回のお話、


「人も歩けば寿司、ウナギ」


私の唯一の趣味は散歩である。
まぁ、大して面白い趣味ではないのは承知しているが、
ほかに趣味がないのだから仕方ない。
自宅の近所を目的もなくブラブラと歩くだけなのだから
金もかからないし、健康にも良いかもしれない。
ところが最近、ただ歩くのもつまらない、
なにか楽しみになる目標はないかと思い始めた。
さっそく周辺の地図を見てみたのが、
まぁそんな気の利いた目標があるはずもない。
しばらくは公園だの図書館だのを目指して歩いた。
公園に着いてひと休みしていると、
「あのぅ、失礼ですけどこの近所にお住まいですか?
あまりお見かけしませんよね?」
早い話が民間自警団からの職務質問である。または、
「あら、あなたってどこかで見た人よねぇ。
そうよ、アレよねぇ、この辺に住んでるの?
どこよ? ねぇ、今日は休みなの? 仕事ないの?」
これまた返事に困るばかりである。
困ったどうしよう、地図をみながらため息をついていた。

で、ふと思い出したことがあった。
つい先日、アマチュア・マジシャンの方と
話す機会があったのだ。
「ねぇ、小石さんてあそこに住んでるんだよねぇ。
 私の家は○○なんだよ。
 意外と近いかもしれないよねぇ」
実際に地図で見てみると、
歩いて3、40分の距離ではないか!
う〜む、確かに近い。
さぁこの発見に気を良くして、
片っ端から友人知人の住所を調べては地図上で追ってみた。
すると出てくる出てくる、
理想的な散歩やジョギングの距離の範囲に
皆さんお住まいだったのであります。
そうと分かれば家でゴロゴロなんてしてられない、
さっそくジャージーに着替えしゅっぱぁ〜つ!
ペテペテと軽やかに歩き始めた。
始めは徒歩50分ほどのところにお住まいのHさんのお宅。
閑静な高級住宅街、へぇ〜立派な家ばかり並んでるなぁ、
まったく羨ましいぜ、などと独りごちつつ歩く。

すると間もなく見えてきたのがHさんの住所あたり、
確かこの辺なんだけど。
あっさり発見の後、さっそくピンポ〜ン。
ちなみにHさんは
アマチュア・マジック界では知られた方で、
膨大なマジック・ビデオの収集家としても有名である。
それにしてもアマチュアは
良い家に住んでいらっしゃる方が多くて嬉しい。
「は〜い、Hでございます」
顔見知りの奥様の声が、
インターフォンから軽やかに聞こえてきた。
さっそく、
「どうもこんにちわ、小石でございます」
「あらっ、どうなさったの?
 ちょっとお待ちになってね」
オート・ロックが解除されて中に入った。
Hさんがいた。
たまたま休みだったらしく、
寛いだ姿でソファーに埋もれている。
「やぁ、珍しい人がいきなり現れてビックリだよ、
 いったいどうしたんだい?」
まぁ別に特別な用事があるはずもない、
「実は散歩の途中なんですよ。
 で、近くまできて
 フトHさんのご尊顔を思い出したというわけでして、
 デへへ」
いい加減なもんであるが、事実だから仕方ない。

さてそれからはHさんご自慢のビデオを拝見しつつ、
近所にある評判のお寿司屋さんから
出前を取っていただいて
美味しい昼食をいただいたのであった。
散歩した後は腹が減るのだ。
その空腹にジワ〜ンと沁みる寿司の美味さよ。
病みつきになるのも無理からぬこと、
それ以来何度となくHさんのお宅に伺う私なのであった。
いやはやこんなに楽しいことが世の中にあったんだねぇ、
なんせ体には良い散歩の後に
とびっきり美味しいご褒美が待っている。
あっはっはっはっは・・・。

ただ、お寿司やらビール、ワインなどを
いただいてしまった身には、
帰りもジョギング、散歩という気にならない。
したがってタクシーでということになって、
なんだか体重が増えたような・・・。
まぁいいや、あの寿司の旨さにはかなわない、
また再びH氏邸に足が向く私であった。
いつもいつもH氏邸というわけにはいかない、となると、
さぁ明日はどちら方面にターゲットを絞るかな、などと
地図と住所録を示し合わせて
ふむふむと検討が楽しくてならない。

そして選ばれたのがY先生のお宅、
なんでも最近新築されたばかりの
豪邸にお住まいなんだとか。
そのお宅がわが家から歩いて
わずか30分のところにあると
分かれば行くしかないでしょう。
ジャージ姿、手ぶらはいつもの通り、ピンポ〜ン。
突然の訪問にいささか慌てていらっしゃるご夫妻を前に、
こちとら勝手知ったる他人の豪邸。
「いやぁ突然すいません、
 ちょっと散歩の途中近くを通りがかったもんで」
後はねらい通りの昼飯時、
「そうだ、ちょうど昼飯に
 ウナギでも取ろうかと思ってたんだよ」
「はいはい、待ってましたよ、ウナギ、結構でげすねぇ」

なんて楽しい散歩の日々、世の中で一番素敵な趣味、
それは散歩で〜す!などと悦に入っていた。
ところがこの訪問が重なってくると、
携帯で電話をしても相手が出なくなった。
きっと着信が表示される
電話機を使っておられるのであろう。
「おいおい、またあいつが電話してるよ。
 きっとまた昼飯を家で食べようと思ってるんだよ。
 いいから無視しよう」
てな具合になっているらしい。
Hさん宅もY先生の家も、
同様に留守番状態になってしまった。
だがここでめげてしまう私ではない。
こうなりゃ仕方ない、公衆電話でかけましょう。
「もしもし小石です、すいませんあと1分で行きます」
相手は断る理由を考える暇もない、あっはっは。

断っておくが、私も立派な社会人である。
それなりの常識、分別は持ち合わせている。
故に、時には何か手土産でも持参しようという気持ちは
重々ある。
だが、くどいようだが元々の目的が健康のための散歩、
ジョギングなのである。
手土産などという荷物が似合うはずもない。
手ぶらにもちゃんと理由というものがあるのだ。

こんなことを書いていると、
「まぁ、なんてずうずうしい人なんでしょう」
などと罵られるかもしれない。
しかし、私はちゃんと訪ねるお宅を選んでいるのだ。
あくまでもおじゃまするのは
アマチュア・マジシャンの方々で、
決して見ず知らずの家を襲っているわけではない。
更に、素晴らしいコレクションがあれば感嘆し、
ご自慢のテクニックを拝見すれば
惜しみない称賛の拍手を送るのである。
時にはヨイショに限りなく近い場合もあるのだが、
厳密な評価など誰もされたくはないものだ。
ちゃんとすべき気配りはしているのである。
しかも、皆さん功成り名を遂げて
裕福な暮らしをされている方々である。
私がいただいた寿司、うなぎなど、
取るに足らない出費に違いないのだ。
私は、間違っても不自由な暮らし向きのお宅を
更に不自由にしたことなど一度もない。
あくまで紳士的な訪問者なのである。
「さて、今日はどちら方面に向かうかな」
今日も住所録と地図を見比べつつ、
ターゲット探しにいそしむ私である。

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2003-01-13-MON
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