MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

先日、長野に向かう列車の後部座席の紳士二人が、
延々とグルメ自慢をしていました。
あそこのそばがどうのこうの、薮なんとかがどうだこうだ。
それを聞きつつ、寒いホームでハフハフと食べる
立ち食いそばの味を思ってしまうグルメな僕なのでした。
さて今回、舌に残る思い出とともに綴る


「ごちそうさま! の記憶」


ずいぶん昔のことになってしまいましたが、
僕らが初代の引田天功先生の弟子となった頃でした。
天功先生が連れていってくれた赤坂のステーキ・ハウス。
なんせ貧乏暮らしの僕には、
ステーキはおろか牛丼だって立派なご馳走だった時代、
ステーキ・ハウスに連れていってもらうだけで
嬉しかったなぁ。

で、そのステーキの味、覚えてないんです。
きっとあまりの贅沢な味に危険を感じて、
脳が削除を命令したのに違いない。
その代わり忘れられないのが牛肉の刺身、
小さな白いボウルに盛られた生肉だったのです。
わずかに塩がかかっただけのような味なのに、
これがもう禁断の味。

「もう二度と食べられないかもしれないから、
 よぉく味わってお食べ」

天功先生の言葉は、残念ながら本当になってしまいました。
それ以降、
あのステーキ・ハウスに連れていってもらうことはなく、
自腹で行くことも叶わぬうちに閉店してしまったのです。

「焼き方は、いかがいたします? 」
と訊ねられて、
「ショーガ焼きでお願いします」
なんて答えたり、
フィンガー・ボウルの水をイッキ飲みして、
「旨い水ですねぇ。おかわり」
などと言いきったり、精いっぱい必死に生きていたあの頃。
あの味は天功先生が味わわせてくれた、
マジシャンとしての成功の味だったのかもしれません。

プロとは名ばかりの、売れないマジシャン暮らし。
むろん本業だけでは食えないので、
マジック・ショップで
ディーラー(マジック用品を実演販売する人)の
まねごとをしたりしていました。

そのショップの親父さんが酒好きな人で、
よく居酒屋などに連れていってくれました。
やきとりで一杯、というのがいつものパターンでした。
このやきとり屋さんの前に、
夕方5時くらいに行く。
まだ呑む時間には少々早いと思われるのに、
すでに5、6人がうろうろしている。

で、店が開くやいなや、
「おれ、10本」
「こっちは30本」
「20本」
一斉に注文が始まる。
皆、お目当てはレバーなのです。
レバーを10本、20本?
そんなに食べられないだろう、と思いますよね。
それがしかし、ペロリといけるんですよ、これが。
しかもおかわりはご法度、
ゆえに皆始めに大量注文となるのでありました。
味はというと、とっても淡泊な塩味、柔らかな食感で
するりと胃におさまります。
串の束を見て、
「あれ、もうこんなに食べたっけ? 」

マジックを愛する社長さんがいました。
そりゃもう、その好きさ加減は病気みたいなもので、
家族の皆さんも、
「まぁ、女に走るよりはマシよねぇ」
などと、すごいことをおっしゃる。
そんな社長さんが連れていってくれた天プラ屋さん。
たしかちゃんとした屋号があったはずだけど、
「あっちっちの天プラ屋さん」
としか覚えてない。
店の親父さんというのがかなりクセのある人で、
揚がった天プラを指で取り上げるのでした。
「あっちっちぃ、ふ〜、あちぃなぁ。
 この分だと明日も晴れる」
などと、ずぅ〜っと何か言いながら天プラを揚げるのです。
で、いつの間にか実際の屋号は忘れられ、
「あっちっちの天プラ」だけが
有名になってしまったのです。
指を油に突っ込んで、全然ヤケドしてない。
実に不思議なものですが、
実は直前に指を冷水に浸けているんだとか。
「シロートはマネすんなよ。
 ヤケドしちまうからねえ」
マネなんか、しませんよ。
いくらでも食べられたなぁ、あっちっちの天プラ。

大ネタの製作所の親父さんが連れていってくれた
ワンタンの店がありました。
他にもメニューはあったけど、ワンタンしか覚えてない。
湯でたてのワンタンを酢醤油で食べます。
さぁこれが旨くてワンコソバ状態、
空になったお皿が積み上げられます。
他のテーブルも、ワンタンだけを
ひたすらおかわりしています。
繁盛に繁盛を重ねて、
小さかった店はずいぶん大きく広くなりました。

ところが、しばらくすると
親父さんの様子がおかしくなりました。
どうにも落ち着かない様子で、
いつもソワソワするようになったのです。
その内やたら店に電話がかかるようになり、
はじめは応対していたその電話に出なくなったのです。
店はあっさりと閉店してしまいました。
親父さんは、
ギャンブルにのめり込んでしまったらしいのです。
あんなに繁盛し、あんなに美味しかったワンタンは、
意外な理由で二度と食べられなくなってしまいました。

思えば、色々な方々にご馳走になってばかりいる
これまでの人生、誠に情けないやら有り難いやら。
美味しかったあの店々もなくなって、
ご馳走してくれたおじさんたちも
遠く彼方の人になってしまいました。
でも、今もちゃんと覚えてますよ、美味しかったあの味を。

本当に
「ごちそうさまでした!」

2001-12-14-FRI
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