MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

アリとキリギリス

終身雇用、右肩上がりの時代に大学を卒業して、
マジシャンになる道を選んだ。
同級生たちは大手企業、銀行などに就職を目指した。
不安だったし、夢もあったあの時代、
ひと足早く芸人になった友だちの言葉に、
勇気づけられたような、苦笑いしたような。
「芸人ってのは、いい人生だよ。
 先のことさえ考えなきゃ・・・」

その芸人さんは、
フトンの代わりの古新聞を被っていたという。
部屋には家財道具が一切なく、
ガスも電気も水道も止められていたらしい。
アパートの大家さんに発見されたのは、
死後3日であったらしい。
華やかなときもあった。
テレビにもしょっちゅう出ていた。
忙しく、でも(だから、かもしれないが)輝いていた。
いつの間にか目にすることが少なくなり、
人々の話題にも上らなくなっていた。
とても親しかった手品師のFは、
「俺は絶対にこういう死に方はしない」
通夜の冷たい畳の上で、しみじみ思ったという。
「だからさ、兄さんは
 売れた芸人の見事さと落ちぶれた芸人の惨めさの両方を、
 俺たちにしっかりと見せてくれた。感謝してるよ」

アリとキリギリスの物語、アリが汗を流しながら
セッセと働いているころ、
キリギリスはバイオリンを弾きながら歌い遊んでいる。
やがて秋風が吹き冬になる。
キリギリスはなにもかもなくして、
いつの間にか雪に埋もれて冷たくなってしまう。
働きもののアリは暖かい地の下の棲みかで、
貯えておいた食糧をゆっくりと食べている。

芸人になって、いつもこの物語を思う。
まるで脅迫観念のように、
心に棲みついて離れないでいる。
「お前はあわれなキリギリスだよ。
 今はそうやって浮かれているが、
 やがて来る冬の時代に、
 お前は過去を悔いつつ冷たいむくろとなるのだ」
どこかで誰かが囁き続けている。
しかし今さらアリになれるわけもない、
キリギリスとしての人生に愛着はあるし。
たとえ神様があらわれて、
「あなたを、一流銀行のエリートの人生と
 そっくり代えてあげましょう」
なんていわれたとしても、やはりお断りするだろう。
(エリートの生活というのもを想像できないが)

ある先輩マジシャンを見た、と聞いた。
かねてからの噂通り、
あるJRのガード下で暮しているという。
時折、近所のスナックなどで手品を見せて小銭を得、
お酒を呑んでいるらしい。
昔から酒の絶えない人だった。
舞台でも、先輩からは酒の匂いがプンとしたものだ。
マジシャンとしての芸を身につけたものの、
なにかに人生を狂わせてしまった。
そんな先輩でも、自身の生き方に
満足な部分を見つけているに違いない。
先輩芸人さんを、ある駅で見かけた。
半年ほど前に仕事先でご一緒したことがある。
声をかけようと近付いた途端、
先輩はゴミ箱に手を突っ込んで雑誌を拾い始めた。
結局、声をかけられないまま通り過ぎた。
ちょっと雑誌が目に入ったので、
ひょいと拾っただけかもしれない。
でも、その光景はやはりなにかショッキングなものだった。

ちょっと前まで、プロ・マジシャンになるには
弟子入りするのが普通であった。
師匠からプロとしての一切を教わり、
ネタまでも伝授されるのだ。
ある師匠が引退することになった。
二人の弟子に師匠のネタが分配され、
弟子のAは師匠の得意なネタ、
評判をとったネタをもらうことになり、
弟子Bはずいぶん地味なネタを渡された。
Aはすぐさま話題となり、
あちこち引っ張りダコの人気者になった。
しかし、2、3年が過ぎるとすっかり飽きられてしまった。
師匠の時代と違い、
すさまじいスピードで人々の関心は移っていく。

Bは悩んでいた。
なぜ、師匠はこんな地味なネタを自分に与えたのか。
確かに師匠が舞台に必ずかけるネタではあったが、
それはただ師匠の先代から受け継いだものであるから、
としか思えないものであった。
Bは考えた。
これまでにない程悩み考え、
自分だけのネタを考案することに心血を注いだ。
数年を経て、Aはすっかり過去の一芸名人になり、
Bはレパートリー豊富な実力マジシャンとなった。
師匠は結果を意図して、
そのような分配を試みたのだろうか。

「どの世界でも、ちゃんとやっていくのは大変なもんだよ」

師匠は、そうつぶやくのみ。

あなたはアリ、それともキリギリス?
やっぱり、大変ですか?

2001-12-02-SUN
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