MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

大切な人が、突然に消えてしまった。
せめてものCDは、残ってはいる。
いつもCDを聴いて、
今度はこの噺を生で、などと愚かにも思っていた。
小さな思い出だけが残った。

お手本のない人生だったのかもしれない。
この世界に生きて、手本のないのは辛いことだろうし、
僕のような凡人には考えられないことだ。
僕は、ただ先人たちを模倣あるいは反面教師として
倣ってきたに過ぎない。
孤高ですらあったお姿は、
自分の前に誰かを手本として見ているようには
思えなかった。

「おやぁ、混んでますなぁ。」
(ある地方のホテルのレストランで)

大した交流があったわけではない。
むしろ、少ないくらいだったかもしれない。
でもその少ない、忘れてしまうはずの記憶を、
宝物のように頭の中で思い出している。
もっと積極的に話をしていたら、
もっといっぱい、
もっと深い交流があったかもしれないと思う。
その反面、少なかったからこそ、
そのひとつひとつを誇らしいまでに大切にしている、
とも思う。
今は記憶だけを大切にしていくしかない。

「今日もまた、よろしくお願いしますよ。」
(楽屋口で)

高座でも楽屋でも、普段のお姿、
全部が神々しい方でありました。
また、その輝きを
包み隠されているようなお方でもありました。

芸風とはまったく反対の人がいる。
舞台そのままの人もいる。
芸は好ましいのに、人柄には首を傾げてしまう人がいる。
優しく円満だけど、いただけない芸の人もいる。
実に様々な芸人模様。
「人を憎んで芸を憎まず」か
「芸を憎んで人を憎まず」か。

芸の神様が宿ったような高座のお姿、
楽屋でのあの柔和な笑顔。
だからこそ、近寄り難いお方だった。

「どうぞ、お先にどうぞ。」
(舞台袖で)

独演会で、師匠の前に
30分くらいの出番をこさえてもらう。
終わって袖にいると、先に帰って下さいなと言われる。
とんでもない、袖からじぃ〜っと拝見させていただきます。
客として前から見るのもいいのだろうけど、
袖から見るのはまた格別なんですよ。

師匠が楽屋から出てくると、
おばあさんに声を掛けられた。
「面白かったですよ、上手かったですよ。
 そうやってがんばってれば、
 そのうち『笑点』に出られますよ。」
誰に聞いた話だったろうか、本当の話だろうか、
すごく有りがちな話ではある。
もし本当の話だったとしても、
師匠は少しも嫌な顔をせず、
「ありがとうございます。がんばります。」
などとおっしゃったに違いない。

「あたしがまだ若いころですねぇ。
 司会をやってた番組がありましてねぇ。
 あの島田さんという手品の方に
 出ていただいたんですよ。」
(公演先からの帰り、駅で新幹線を待ちながら)

一度だけ、オズオズとお願いして
一緒に写真を撮っていただきました。
いつもの、でも高座での表情とはまるで違う、
寛いだ師匠が写っています。
あっという間に新幹線が来て、
ついに伺うことが出来なかった。
「あのぅ、僕らの芸って、どんなもんでしょうか?」
はたして、師匠は答えて下さっただろうか。
きっと苦笑いされるだけだったと思うのだけど。

「つまんないシャレってのは、
 こう、耳に引っ掛かるんですよ。
 いいのは、こう、すぅ〜っと入っていくんですよ。」
(公演後の打ち上げで呟くように)

嬉しそうに、そうおっしゃったのです。
でも、いつもお話される時は、
嬉しそうなお顔だったなぁ。

「あたくしは、じゃ、おそばをいただきます。」
(公演先のそば屋さんで)

迷わず僕らも、
「おそば、いただきます。」
せめて一緒のものを食べて、
師匠の芸にあやかりたかった。

ありがとうございました。
どうぞ、ごゆっくりとおやすみ下さい。

2001-10-18-THU
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