MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

大人の夏はなにごともなく、
都会の夏は変わらぬ喧騒とともに過ぎて行きます。
でも、そんな夏を惜しみつつお贈りする、
あの懐かしい少年の日の夏の物語。題して、

「夏の日のパノラマ」

私にも人並みに親がおりまして、
岐阜の田舎でのんびりと暮らしております。
父は定年まで郵便局に勤め、
その後は書道塾を開いて近所の子供たちに教えています。
今も続けているのでしょうか、
なんせずっと帰郷していないので
近況は定かではありません。
農業との兼業で、
母は朝から晩まで田畑にいたように記憶しています。
3人兄弟で、私の上に姉が2人います。
2人とも現在は母となり、
私には1人の甥と4人の姪が存在しています。
色々小さな問題はあったでしょうが、
2人の姉は結婚後も父母の近くで暮らしていて、
親としては何かと心強くあることでしょう。
娘たちは親孝行なのでありました。

問題は長男、つまりは私でありまして。
隣り近所の子供たちは、
田んぼや畑のことを見よう見まねで覚え、
嬉しい労働力となってくれます。
私はなぜかその才に欠けていたようです。
たまに昼の弁当を届けて
一緒に食べるくらいが関の山でした。
はたして手伝いのうちかどうか。
だいたい自分家の田畑はどれなのかも
認識できていないのでありました。

まだ舗装されていない黄色い土の上に
真っ黒い影が伸びる夏の日、
私はやんちゃな友だちと川に泳ぎに行きました。
「ねぇ、スイカを川で冷やして食べたこと、ある?
 うまいんだぞ。」
そんな誘惑に負けて、
さっそく途中の畑で大きなスイカを盗むことに
成功しました。
といっても夏の昼さがりの田舎のこと、
誰も、犬だって猫だって見てやいません。
さっそく川べりに石を並べて即席のスイカ・ダムを造り、
浮かべました。
後は泳いだり魚を手製のモリで突いたりしているうちに、
食べごろに冷えてくれました。
カラテ・チョップで割ると、
まぁ実に美味しそうに熟れています。
そいつを一気にシャグシャグ、うまかったなぁ。
シャグッのあと、スゥ〜ッと鼻にぬけるあの香り、
う〜ん、スイカを食べる昆虫たちの気持ちが
良く分かります。
スイカを盗んでしまった罪悪感さえも、
これこれこの美味とともに喉を滑り落ちてしまいました。
黒い影が長く河原に伸びきる頃、
私は家に戻りました。
台所で、母と祖母の声が聞こえます。
なにげに耳を澄ますと、母がなにやら悲し気な声で、
「さっき家の畑を見てきたら、
 今日食べようと思ってたスイカがあらへん。」
祖母が応えて、
「どこぞの悪い子供が盗んだんじゃろか?」

どうやら、私は自分の家の畑のスイカを
盗んでしまったらしい。
でもお陰で盗まれた人の気持ちも分かることが出来たので、
それ以来ナスもきゅうりも盗んでいません!
(自慢することではない?)

溺れてしまったこともありました。
いわゆる「カッパの川流れ」というやつで、
いつもの川でバシャバシャやっているうちに
中央の渦にのまれてしまったのです。
どうあがいても岸は遠のくばかり。
川底に引き込まれた私の目に、
キラキラと煌く川面をバックに
父、母、保健体育の優しい先生、校長先生、上の姉、
真ん中の鬼のように厳しかった姉ちゃんが笑顔で、
友だちが次々と映画のフィルムのように
流れて行くではありませんか。その美しいこと!
後年、それが「パノラマ現象」と呼ばれるもので、
死の直前に見るものだと知りました。
してみると、死というものは
ちっとも苦しくないものかもしれません。
しかし、あれから様々な出来事を経験してしまった今、
いったいどんな映像を見つつ
旅立つことになるのでしょうか。

私の悪運はそこで尽きるものではなかったようで、
なんとか岸から伸びた野草のつるを掴んで生還しました。
岸で水を吐きだして家路につきました。
薄暗い家の中に、母の顔が見えました。
あの、死の直前に見た母の顔でした。
涙が流れて止まりませんでした。
母は不思議そうに私を見つめているのでした。

(終)

2001-09-11-TUE
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