MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

第19回
「マジシャンだから、逢えた人」


静岡に、Yさんというアマチュア・マジシャンがいました。
主に大ネタが好きな方でした。
お孫さんたちを箱に入れ、
剣を刺したり胴体を切断したり、
誠に結構な(?)趣味なのでありました。

マジックの道具を製作・販売するディーラーさんにとって、
これ程のお客様はいません。
しかも、Yさんは気に入った道具は
必ず2セット買うのが常だったのです。
なぜなら、かつてお気に入りの大ネタが壊れたので、
Yさんがもう一度買いに行ったところ、
すでに売切れ製作中止になっていたのです。
さぁ、それが悔しくてたまらなかったYさん、
以来ひとつを予備として2セットを買うことになった、
という訳です。
噂では、ディーラーさんたちが集まる
マジックの大会に参加するYさんの背広のポケットには
ウン百万円が入っていたとか。

Yさんの舞台の豪華なこと。
幕が上がってずらりと並んだ大道具を見て、
僕らは思わず足し算を始めるのでした。
「あれは確か150万円、次のは180万、
 おいおいこっちのは200万だよ。
 ご、合計で530万円、ギャラは2000円なのに・・・。」
Yさんが天寿を全うされた時、
あの用意周到なYさんのこと、
立派な棺おけが2セット揃えてあるシーンを想像したのは
僕一人でしょうか、合掌。

余談ですが、以前イギリスのコメディで、
マジシャンのお葬式をやっていた。
中央の棺おけを、男性二人がおもむろに
ノコギリで真っ二つに切断すると、
中からハトがパタパタと飛び出し、
参列者の頭に止まるというものだった。

Mというカーディシャン
(トランプだけを使うマジシャン)がいます。
奇跡のような不思議を、
いとも簡単に創り出してしまいます。
見た人は誰も、それまで抱いていたマジックのイメージを
砕かれてしまいます。
「あれって、マジックなの?
 本当に仕掛けがある訳? 」
あまりの不思議さに観客は極度に混乱してしまいます。
Mのエレガントな立ち居振る舞いは、
ディナーにピッタリのワインを勧めてくれる
ソムリエのようです。
今夜も、どこかの食卓で
Mの指先を見つめている幸運な人々がいるはず。
Mはポルシェでさっそうと現れます。
必要なのはトランプだけなので、
小さなカバンひとつというスマートさ。
Mは1年ほど、ナポレオンズのアシスタントを
勤めていました。
そんなハンディ、暗い過去をを背負いながら、
カーディシャンというジャンルを堂々と歩んでいるのです。
いつの日か、貴方にも出会ってほしいマジシャン、
それがカーディシャン、Mなのです。

Jというマジシャンを知っていますか?
彼のお得意マジックは動物を使ったものです。
犬、猿、ネコ等々、次々と出現します。
遊園地の戸外ステージで何羽も出したハトが
一羽残らず飛んでいって、
二度と帰ってきませんでした。
犬を出現させた時、僕は見てしまった。
Jさんの手を、犬が思いっ切り噛んでいるのを。

Nさんは、内科のお医者さんでした。
それはもう、マジックが大好きな先生でした。
僕は時々、具合が悪くなって診てもらいました。
診察後、N先生、ご家族と宴会になってしまいます。
「お酒、今日飲んでもいいですか? 」
「ちゃんと医者がいるから、大丈夫! 」
などと赤い顔で応えるので不安だったりしました。
でも、愉しいひとときでした。
僕らのマジックの後、
おずおずとNさんもマジックを披露します。
Nさんの嬉しそうな顔。
若手マジシャンに、
「きっとすぐに良くなりますよ。」
なんて、まるで患者さんに告げるように励ますのでした。
Nさんが突然入院された時、皆で好きなものを断って
回復を祈りました。
僕はシューマイを断ちました。
翌日、横浜の仕事で出たのは
崎陽軒のシューマイ弁当だった・・・。
甲斐あって退院されて喜んだのも束の間、
N先生は亡くなってしまった。
マジシャンじゃなかったら、きっと会えなかった人。
N先生に逢いたい、ユーレイになっててもいいから、
もう一度逢いたい。

2001-02-12-MON
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