MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

第16回
「マジシャンはダマされやすい? PART2」


某有名デパートのシャッターがガラガラと閉まり、
あたりがひっそりと静まる頃、おばさんはゆっくりと
支度を始めます。
扱う商品は全て紳士服、スーツです。
おばさんは一人でおよそ30着ほどを
スタンドに掛けて行きます。
作業中も無言のまま、まるで儀式のように続けられます。
全ての作業が終ると、
おばさんは小さな椅子に腰を掛けます。
通り過ぎる男たちがチラッとスーツに視線を送ります。
だが、おばさんはやはり無言のままです。
僕が初めておばさんを見たのは、時間が無言のまま
過ぎて行き、人影もまばらになった頃でした。
苦労を一身に背負ったような、
辛酸をなめつくしたような顔なのに、
妙に穏やかな表情に見惚れてしまったのでした。
「すいません、そのスーツ、売ってるんですよねぇ。」
「そう、3万円と5万円の2種類だけ、
 みんな質は最高。
 まぁ、元々このデパートの商品なんだからねぇ。」
「えっ、それが何故こんなとこ・・・、
 ごめんなさい、外で今頃売ってるんですか? 」
おばさんの話によると、
女手ひとつで子供たちを育てるために内職として、
このスーツのボタンホールかがりをしている。
ところが先日どういう手違いか、
ボタンホールの位置を5mmほどずらしたまま
納品してしまった。
当然、大変なクレーム。
返品どころか、買取りを要求されてしまった。
悔やんでいても仕方ない、1着でも着てもらえば・・・、
品質は最高なのだから。
そうかぁ、確かこのスーツ、
デパート内じゃ15万以上で売っているはず。
それがたったの5mmの手違いで・・・。
僕は、一着のスーツを試着してみたのです。
サイズは合っています。
が、確かに5mmの違いは大きく、
ボタンを留めると醜く出てしまいます。
やはり、これではいくら安くても買う訳にはいきません。
諦めて脱ごうとする僕に、
おばさんのつぶやきが小さく聞こえてきたのです。
「ボタンホールの位置はもう直せない。
 だからお客さんが、
 ボタンをちょっと付け直してくれれば、
 立派なスーツになるのにねぇ。」
そうだ、そうですよ! 
ボタンをボタンホールに合わせ直せば! 
5万円で15万円のスーツが買える、ワーイワーイ!
5万円で買ったそのスーツは、
満員電車でもみくちゃになって下車したら、
袖が取れてしまった・・・。
ボタンホールは問題なくて、スーツ自体の質に
問題ありじゃないか!
その瞬間、悔やむどころか、
やられてしまったなぁというマゾヒスティックな
快感すら感じている僕なのでした。

だいぶ前のことですが、
ロサンゼルスの公園で大道芸人が
不思議なマジックを演じていました。
地面に仰向けに寝た男に、シーツを掛けます。
すると、男の身体がゆっくりと30cm程も浮かび、
また沈み始めるではありませんか! 
地面にもシーツにも、仕掛けらしいものが全くありません。
僕は大いに驚き、すぐさまそのトリックを、
秘密を知りたくなりました。
遠巻きに見ていた人々も同様の様子です。
観客の輪がみるみる小さくなりました。
やがてシーツが取り払われると、
腕組みをした男が起き上がり、口上を述べます。
「さて皆さん、この不思議なトリックを、
 たった2ドルでお分けしましょう。」
慌ててポケットの2ドルを探し、
男から折りたたまれた紙片をひったくりました。
その紙に描かれたものは、
「腕立て伏せをしている人」だった・・・。 

2000-12-26-TUE

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