2017-05-27

・ひとり旅の気楽さは、すべてが自己責任だということだ。ま、自己責任なんていうとものものしいけれど、じぶんでしたことだから文句なし、ということだ。まっすぐ行こうが曲がろうが、休もうが迷おうが、ごめんごめんとあやまる相手がいない。「そうか、そうなったか」ということに過ぎない。

仮にバスに乗り遅れて3時間待つことになっても、待つ間、なにをしようかと新しく考えることにしたり、別のルートに変えたり、いっそその場所に一泊したり、どうしようがじぶんで考えて、そうすればいい。なにか予定があるなら、差し支えがあるかもしれない。お金も余計にかかるかもしれないし、逆に安上がりになることもあるだろう。なったようになればいいのだし、安全で、ある程度は豊かな日本にいるかぎりは、ほんとの大変になることもないだろう。目的にうまく近づけたとか、予定通りに進めたとか、そんなことからは外れたね、というだけのことだ。ちがったかなと感じることがあったら、やめる。かえっておもしろいぞと思ったら、進む。まさしくじぶんがリーダーで、信じてついていったり励ましたりするのも、じぶんだ。

人は、他人をがっかりさせたくないと思いながら、それなりに無理をして生きている。親は子に子は親に、夫は妻に妻は夫に、スターはファンにファンはスターに、親分は子分に子分は親分に、気を配って生きている。だからいいこともあるし、辛くなることもある。そして、この無理を繰り返しているうちに、「がっかりさせる」ことを恐れすぎるようにもなる。「そうかそうなったか」で次を考えるよりも、失敗やらがっかりやらのないように、すべてを計画する。そのほうが、うまくいくことが多いからだ。

でも、「あんまりうまくいかなくてもいい」ことも、実際にはたくさんあるということを忘れている。当たりもいいけど、外れも、おもしろいのである。ひとり旅は、外れを見つけてたのしむものだ。

今日も「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。6月になっても、いまの気分を無くさないようにしよう。

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