第九回 書きながら泣いたりするのはこれで最後だなと
糸井 みんな年とって意味もなく
勃起することが減るとかね、
むやみに勃起してる時代っていうのは
ほんとに困ったけど、
ほんとに困ったが故に
おもしろかったじゃないですか。
年とると人生つまんないんじゃないかって
恐怖があるんですよね。
だけどおもしろいんですよ、実は。
そこはね、この歳にならないと
分かんなかったことでもあるんだけど。
俺の先がまだあるわけだからね。
横尾さんは俺の一回り上ですからねえ。
リリー そうですよねえ。
横尾さんは次は何かって言うのかって、
もう待ってますよね。
横尾さんが次に自分に出すお題を(笑)。
糸井 どんなデタラメでもいいわけですよ。
リリー もう路地はそろそろ終わるのかな、とか。

糸井 だけどなあ、本読んで
爆笑するっていうような本を書けるっていう、
あるとんでもない黄金時期っていうのは
すごいよね。書き飛ばしでしょう?
エッセイでおかしいの書いてる時って。
リリー はいもう、ノリノリで書いてます(笑)。
でも、この『東京タワー』は糸井さんが、
『家族解散』の時におっしゃってたように、
早く書き終わりたいと。
糸井 そうでしょう(笑)。
リリー 全然苦しいし、書いてて楽しくないし。
だから書き終わった時に、
もうこういう気持ちで
文章を書くものはやりたくない。
かといって何を書くのかっていうのは、
自分の中にはまだないんですけども。
こういう、ほんとに自分の中の個の
精神的なものを
この文章に投影して、
書きながら泣いたりとかはもう、
単純につらいと思いました。
どうなるか、わからないけど、この先。

糸井 うん。他人にとってはおもしろいし、
僕もそれはもう貴重な体験だなあと
思ったりするけど、
本人にとってみれば嫌なことですからねえ。
あっ、『家族解散』の後に
何をしたか思い出した。
ずっと経ってから少年小説を書いたんですよ。
それがマザーですよ。そうやって、
フィクションのおもしろさを
限定的にエッセイを入れて作れたのが、
少年小説ですよね。
マザーっていうのはまた家族小説なわけで、
タイトルからして母ちゃんなんですからね。
そこで僕は排出口を見つけたんだよ。
他の仕事は普通にしてて、
小説はもう触んないと。
リリー じゃ、もう1回家族ものは
触って整理しなきゃいけないんだ(笑)。
糸井 僕は触ったんですね。
でも、マザーは自分が父親である
家族の物語だから、
そっちの方が責任取れるんで簡単なんです。
主人公の子供に少年時代の自分を
乗っけたりすればいいわけだから、
ほんとのことと嘘のことを混ぜられますよね。
そのあたりはスピルバーグを真似したんです。
スピルバーグが描くのって、
少年たちがいる家族ってだいたい片親だったり、
うまいこと壊れてるんですよ。
そのくらいの壊し方で、
そんな家庭で見てる子たちが
喜んでくれるものを作りたいな
っていう気分があったんですよね。
リリー 母親の話を書いてて、
この中でお金のことっていうのは
10円20円のことは
ちゃんと書かなきゃいけないな
って書いて思って、
俺自分に子供がいないから
分からなかったけど、
これ書いててわかったんですけど
親子関係ってすごい
お金でつながってる関係でも
あるじゃないですか。
糸井 そうだね。
リリー だから、よくあれを買えたなとか、
よくそんなの買ってもらえたなっていう。
おふくろが生きてる時に、
「この卵が10円安かったんよ」
とか言われたら
「飯がまずくなるから
 そういうのは言うの止めてくれ」
とか言ってたんだけど、
文章にする時に、
例えばおふくろがこういうふうに
愛してくれたってことを
抽象的に書くよりも、
お金のことを書いた瞬間に
すごくその密度っていうか、
関係性が分かるとか。
それはお金をかければいい
ってことじゃないけれども、
そういうふうにして親とかと
つながっていってるものがあるし、
そこはやっぱり生臭い話になっちゃうけど、
ちゃんと書かなきゃいけないなって思いますよね。
糸井 ただ、リリーさんきれいだから
そこをちゃんと見ないといけないってことは
書かないから、
読み過ごされてるかもしれないよ。
けっこう何回も出てきますよね。
リリー だからおふくろに買ってもらったものを
なるべくその都度、その都度、
思い出して書いていったんですけど
俺、一番最後に買ってもらったものを
書くのを忘れてたことを思い出したんです。
ゲラで書き足して本に入れたんですけど。
最後におふくろが買ってくれたものは、
入院する直前に
靴下を買ってきたんですよ。
商店街で3足1000円みたいなやつ。
その時くるぶしくらいまでしかない
短い靴下があるじゃないですか。
こういうスニーカーはく時の
短い靴下あるじゃないですか。
どうも最近息子がこういうのを
買ってきて履いてるっていうのを
自分で勉強してるんですよね。
糸井 うんうん。
リリー で、短いの買ってきて、
「これがいいんやろ。」と。
「私は知ってるよ」みたいにしてたんですけど。
糸井 これ、他の仕事と並行してますよね。
この仕事は他の仕事の
邪魔になんなかったですか?
リリー すごい邪魔でしたし、
他の仕事の何倍もかかりました。
書いてる時間は長くないんですけど、
書き始めるのが嫌っていうか。
糸井 無駄な時間が流れますよね。
リリー そう。その状態に持っていくのが
しんどいっていうか。
糸井 それでその間は他の仕事できないですよね。
リリー ええ。
でも、書き終わって、本にしていただいて、
供養の終わった清々しさは
少しあります。
淋しさは、変わらないけど。

(つづきます!)
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2005-08-18-THU



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