第一回 花はきれいなまま散ればいい
小川 これが、
西岡棟梁(とうりょう)の使っていた
槍鉋(やりがんな)です。
糸井 小川さんの師匠の、
法隆寺宮大工・西岡常一棟梁の槍鉋。
すごいですね、この刃……
ヒゲが剃れちゃいそうです。
小川 縦に引くノコギリは、
室町時代にならないとできない。
その前は木をバーンと割ったから
削る面がデコボコで、
今の鉋(かんな)みたいでは削れないんだ。
斧でハツって、手斧でならして、
最後に槍鉋をかけた。

木に刃をつけて
削るようになるのは室町以降だ。
能率がいいから
槍鉋は使われなくなってしまったんだけれども、
室町以前の建物を修復する時には、
これでないといい削り肌が出ない。

西岡棟梁が亡くなった後、
師匠の使っていた道具を見ると
道具が身構えていました。
今も現場に行って使えるというぐらいに
身構えている……やっぱりそこはものすごいんだ。
小川 自分たちの道具は
三日も時間が空けば使いものにならない。
それほどの違いがあります。
師匠のものだから
身構えているように見える、
とかいうのではなくて、
道具には使う時の気持ちが移るんです。
だから徹底的に使われた道具は今も身構えるよ。

いいかげんな気分で使われていた道具は
すぐにボーッとしてしまう。
道具というのはそういうものですから。

西岡棟梁の道具には魂が入っている。
俺たちの道具には魂が入りにくいんだ。
なぜかというと、ほんとにつらくなった時も、
西岡棟梁はこの道具しかなかったからな。
棟梁はその道具で我慢して作りあげる……
だけど俺らはほんとにつらいと
電気道具を使えちゃう。

そうなると俺らの道具は
やっぱり魂の入らない道具になってしまうんだ。

西岡棟梁には逃げ場がなかった。
そこが、昔の職人と今の職人ではちがうんだ。
西岡棟梁の技術は
受けつぐことができるかもしれないけど、
魂はダメや。
俺らには受け継ぐことはできません。
俺らはぜんぜんダメや。
西岡棟梁は古代工人の魂と技を持った人だ。
俺らとは魂が違うから
「最後の宮大工棟梁」なんですね。
糸井 小川さんは小川さんですごいのに
「ぜんぜんダメ」
とおっしゃるので驚きました。
小川 まぁ、一生懸命やってるよ。
生きていかなくちゃならないし、
飯も食っていかなくちゃいけない。
それは確かだけど、俺らはまだまだ甘いよ。

西岡棟梁は法隆寺という大看板を背負う。
やっぱしそれだよな。
だから自分の家も建てなかった。
濃紺の作業着は擦りきれて
真っ白に近くなっていたものな。
神仏の家を作る人が、
人の家を作っていたらなぁ……
人の家は施主の意に沿って建てなきゃいけない。
神仏は何も言わないけども、
みんながそれを見ていますからね。
だから西岡棟梁は飯が食えなくても
そういうことをしなかった。
子供はあんまりに
その大変さを知ってるから継がなかった。
それはあまりにも
西岡棟梁が厳しかったからというそれだけだ。

もし子供が継いだら
すごい立派な棟梁だったと思う。
それは俺らとは絶対に違うんだな。
その家に育った人と育たない人は違う。
歴史というか何というか、
その空気の中で育った人は違うんだな。
そういうものがあるんだ。

西岡棟梁が人に知れてきた頃、
子供は「なんで継がなかった」と
よう言われたそうだが、
しかしそれはその人の責任ではないわ。
世の中が厳しすぎたし、
西岡常一が誰にも厳し過ぎたという、それだけだ。
糸井 それを違う形に継いだのが小川さんだと。
小川 その世界を知らなかったから、
入りやすかったんじゃないかな。
糸井 小川さんの入りかたを
責めたりする人は、いなかったんですか。
小川 いない。
俺は法隆寺も薬師寺も行かないし……
俺は思うんだけど、
花はきれいなままで散ればいいと思うんだよ。
だから俺は棟梁の跡も継がないし入りもしない。
なんで小川は
法隆寺もしないんだとよう言われるよ。
みんなは継げると思うかもしれん。
しかしそういうものではない。
糸井 これから法隆寺の修復がある時には
小川さんはやらないんですか。
小川 国がやるから、だいじょうぶだよ。
糸井 でも、国という人はいないじゃないですか。
小川 まぁな。
本来の流れはなくなることになる。
止まってしまうかもしれないと思う。
十年や二十年でなく
百年千年単位の流れが止まる。
だからそうなってはいかんから、
西岡棟梁の曾孫……孫はしなかったから、
もしもその曾孫がやるなら、
俺ら鵤工舎(いかるがこうしゃ)は
意地で総力をあげてその子を育てるよ。
それでその子を法隆寺に戻すよな。
その子は恵まれているんだもの。
だから西岡の道具はすべて大事に残してある。
その子がやるなら渡す。
博物館で陳列したり
西岡の家にあったり俺のところにあったり、
普通なら形見分けをするかもしれないけど、
全部すぐ渡せるようにしてあるんだ。
それを使えるのはその子しかいないからね。

俺は、棟梁を継いだ人間ではないんですね。
鵤工舎というものを作って
西岡の家を出てからは、
弟子を育てる先輩の役をする人間だ。
(明日に続きます)
戻る 次へ→

2005-07-05-TUE