Kuma
クマちゃんからの便り

南洋通信 その7

二十数年前、オレはまだタブローを描いていた。
ゴーギャンのように南洋でただ絵を描いて
ジカンを使い切ってやろうと企んで、
BALI島に渡った。
時期がそうだったのか、タイミングが悪かったのか、
北国生まれのオレには熱帯が熱すぎて
三日で逃げ帰った思い出だ。
三日でゼニが尽きたのかもしれない。
あれ以来だ。今はヒカリの彫刻家となって、
今日はウブドを浮遊していた。
ジャパニーズ・ギャルがいたるところに
連れ立って歩いている。
BALIに嵌まるオンナは一様な雰囲気をしている。

オレは彼女たちのいない田舎道、水田地帯に向かった。
二十数年前が蘇える。
そうだ、かってジャパンが持っていた
内であり外でもある縁側のイメージだ。
広大な棚田で、竹の鳥脅しのオブジェが林立する
細い畦道を歩いていると、彼方で凧上げする老人発見。
ゆっくり近づいた。
十字に組んだ竹にゴミのポリ袋を張っただけで
白鳥を創り上げ、
昼日中からこんなことに夢中になっている
BALI人の抽象力だが、
トマトケチャプの一リットル缶に巻いた凧糸を
何度も飽きずに繰り出す。
白鳥はなんども田圃に墜落した。
一本だけ残った前歯に分厚い眼鏡の老人は、
無い風を何とか捕えようとトライする。
ついには「お前もやれ」と缶ごと糸をオレに渡し、
自分は水田の切れ目まで凧を持って走る。
オレもムキになったが、
風が無けりゃ白鳥は田圃を目指すばかり。
しかしオレは凧を上げるのが目的ではなく、
稲穂の中に建てる<くつろぎ>の空間とやらの
テーマを探していたのだった。
オレのインスピレーションは
水田の空中だったが凧揚げではない。



田圃の隅に祭壇と四本の樹があった。
黄色い幟バタの道を行くと小さな門から
髭をメイクした小さなヒト等が数人顔を出した。
すると続々と現れ「中に入れと」とオレを手招き。
今日は村の大きな祭りで近くの大きな寺院で踊るのだと言う。
別棟では少女たちが艶かしい紅をさしている。
二十数年ぶりに迷い込んだラビリンスに眩暈がする。
オレは一足先に広大な境内を浮遊。
豚を数頭殺した肉だけで作った三メートルはあるガルーダ。
オレの外は村人だけだ。
供物を頭上に載せたオンナたちの行列、
の後ろはガムラン部隊。
さっきの少年少女たちの奉納舞がはじまった。
オレは村人の間にはさまって
ガムランと無垢の眼の輝きを眺めていた。
観光客などひとりもいない贅沢な王の観劇だった。
何と言う白昼だ。
その上、町に戻って王様を取材。
夜はそのまま王宮の奥の一室に泊まることになった。
いくつもの塀の向こうでは、
六〇〇円ほどの入場料で観光客向けの舞踊団が
BALIダンスをやっていた。
王宮の奥はさすがにイイ風が流れている。
しかしオレには今宵一晩で充分だ。

2001-08-09-THU

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