Kuma
クマちゃんからの便り

可愛いアンティプリマIZUMI

HELLO! I am KUMA!

オレの陶板作品四枚と作品集を詰めたリュックは
平たい壁のようになった。
これを背負うのは本多の役だ。
剣道で鍛えた身体はこんな時に役に立つ。
しかし、後ろから見ると、塗り壁が歩いているようだ。
今日のネーミングは「ヌリカベ」にした。

早めにホテルを出た。
運河には四人乗りや九人乗りのボートが幾つもつながって、
ゆっくりと何処かへ向かっている。
ヌリカベと水上バス乗り場。
この一週間ヴェネチア島から出ていないのだから、
列車で移動するのが楽しみだ。
ところがとうだ、
「今日は日曜日、運河にはバスもタクシーもダメ」。
ニッポンでいう歩行者天国みたいなモノか。
「歩くしかないゾ」
「大丈夫です、時間は充分ですから」
ボートレースを応援するヒトでゴッタ返えす運河沿いを、
ヌリカベとスキンヘッドは掻き分けて進む。
三〇分前に着いた。
シートに背中の壁を降ろすと
「駅弁が欲しいですよネ」
食いしん坊のケンドーに戻っていた。
「そうだ、猫に小判、便所にスリッパ、列車には弁当だ」
キノコのサンドイッチと水。
十二時ちょうど発車して間もなく眠る。
オレは車や飛行機、列車に乗ると
頭蓋内が休むようになっている。

尺八とクマさん

三時五分前MILANO直前眼を覚ます。
駅の雑踏、タクシーの列、ヴェネチアの
カケラもない。
ヌリカベが帰りの切符をなどと言出し
自販機をカチャカチャ苦労し、
一時間ちかく費やして
やっとのコトで二人分の切符が出てきた。
挙句の果て、切符は当日乗ってから
中でも買えるコトを知ったのである。
時々、ヌリカベには慎重すぎて余分な時間を失うことがある。

IZUMIさんからケイタイ電話入る。
「コルソコモの9番までタクシーで来て下さい」
降りると、向こうからアウディが近づいてきた。
助手席でIZUMIさんが手を振っている。
運転しているのは、髭と頭に白いものも混じった
虎系の眼をした精悍な顔。
オレは初めてお会いするダンナなのか。
「MILANOへようこそ。私のダンナ、オギノです、
 まだ会ってなかったわね」
「オギノです」
手を差伸べてきた。
「KUMAです。ヨロシク」。

今年還暦という彼はオレと似たような同じ時期を、
全く違った環境で人生を送ってきたのだろう。
MILANOコレクションで
<アンティプリマ>を立ち上げデビューしたIZUMIを
フォローして、ミラノで二年を過ごしたMR.オギノ。
そろそろ、香港の根拠地に戻ろうと思っていると言う。
オレのジカンには居なかった
懐の深さを感じさせる人物である。

<アンティプリマ>の店に案内された。
今年のコレクションが綺麗に展示され、
フィッテングルームが驚きだった。
今、入って来た時オレを写し出していた鏡は、
マジックミラーだったのだ。
フィテリングルームの壁が、
入口から通りまでスケルトンだから、
通りのヒトに見られながら試着しているような錯覚である。
面白いコンセプトの建物だ。
軽やかな風を放つIZUMIはどんなへヴィーでも
可愛い笑顔のオンナである。
しかし、こんなに世界の色んなヒトや才能と
擦れ違いながらのジカンは、相当ストレスも積もるのだろう。
「コモ湖の辺にも私たちの家があるの。
 良かったら泊まるとイイのに」
「ゼニも底をついてきた。お願いだ」
久しぶりに都会のレストランでの晩メシ。
帰りはIZUMIの運転でオレが大好きな助手席だ。
MR.オギノとヌリカベは後部座席。
後ろから寝息、
オレも闇のハイウエイに吸い込まれて眠っていた。
「着いたわ」
IZUMIの声で眼を覚ます。
「建てて二〇〇年経ている、
 僕等は週末ここに来て暮らすんだ」
MR.オギノ。
暗くて全貌を確認出来ないがデカイゾ、こりゃ。
東京を出て初めてバスタブで腰湯を浸かった。
暖まる。
デッカイ部屋でブランディ。
「何処でも好きなところで眠って」
「アリガトウ」
建築家のヌリカベは眼が点になったままだ。
しばらく、冷たい夜風のテラスに出てヌリカベとブランデー。
オギノ夫妻のジカンに暖かくなっオレは
ソファーで眠ってしまった。

2001-05-17-THU

KUMA
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