むかしの暦で、いまを楽しむ。 旧暦と暮らす「ほぼ日」の12か月。
2007-01-09-TUE
旧暦:十一月二十一日
アバウトだっていいじゃない?


ほぼ日 その明治のときには、
暦もそうですけど、時計も変えちゃったんですよね。
近松 はい、明治5年に、時制も同じように変えました。
糸井 時蕎麦という落語のネタに登場する、あれを。
志の輔 「なんどきだい?」ですね。
ほぼ日 その「なんどき」というのが、
実は僕、全然理解できてないんですが。
なんか、あれですよね、春と冬では違う長さ……
近松 昔の、つまり江戸時代使われていた時報というのは、
一日を昼と夜とふたつに分けて、
で、昼を6等分、夜も6等分するという
時刻のしくみですね。
志の輔 ですから、夏至、冬至によって、
その時間が変わってるんだから、
それを、約一刻(いっとき)というと、約2時間で、
半刻(はんとき)で1時間で、ということ。
でも、それは、ほぼ、なんですよね。ほぼ。
「明日きてくれますか」
「ええ、朝方お伺いします」
っていうこの「朝方」というのは、
夜が明けてから、まあ正午ぐらいまで、
全部の朝方というものの考え方、
ぐらいに時間がアバウトな立場にいますよ。
近松 そうですね。
志の輔 夏と冬では違うんですもんね、一刻が。
近松 1時間半と2時間半ぐらいの違いがあるんですよ。
ほぼ日 庶民の家には時計がなかった?
近松 ほとんどないですね。
ほぼ日 どうやって時間を知るのですか?
志の輔 鐘ですよね。
糸井 それをまじめに誰かがやってたんだ。
近松 そうです。
鐘をつくところには時計がありました。
春、夏、秋、冬の日の長さをちゃんと測ってた
頼れる時計があったんですよ。
明け六つ、暮れ六つは、
じつは日の出日の入りとは
微妙にずれています。
明け六つは日の出の前で、
足もとが見えるようになる、
その時刻が明け六つなんです。
暮れ六つは逆に、足もとが見えなくなる時刻で。
志の輔 アバウト、いいなあ。
近松 明るいうちは有効に使おうか、という。
糸井 そうですよね。電気の光のない時代ですからね。
志の輔 そんなアバウトなのに、どうして
宮本武蔵と小次郎は約束ができたんだろうか?
ちょっと疑問じゃないですか??
糸井 ほう。
志の輔 「ほぼ」なんどきにまちあわせ、
ということだったんでしょうね。
近松 今の人の感覚っていったら、
5分とか10分っていう時間の感覚が、
昔の人は30分ぐらいだったんじゃないですかね?
待ち合わせとかも、そのくらいアバウトで。
糸井 つまり、武蔵にしても、小次郎にしても、
30分遅れても、まあこんな頃だな、
という了解があった、ということですね。
志の輔 いや、それにしても、
けっこう待ってただろうな、きっと。
糸井 そうですね。
だから半日ぐらいあそこにいた(笑)。
だから、そこは相当待たせたんですよ。
昔の感覚でも。
でなかったら、あんなに言われないですよね。
近松 さらに言うと、
じつは、信頼できる時計といっても、
そこは、今みたいな電子時計ではないので、
かなりアバウトな部分はありました。
とはいえ、時代劇にでてくるような、
あのからくりがいっぱいついた時計は
それなりに正確ではあったんですけどね。
で、その時計を元に鐘をついてたんですよ。
志の輔 とうことは、つまり、
その鐘が聞こえるエリアだけが同じ時間だった、
ということですね。
近松 そう……ですねえ。
志の輔 だって、時計によって時間は、
まあ今で言う5分、10分は
当たり前のずれはあったんですね。
糸井 遠くで鐘を聞く人は、音速からして……
志の輔 ずれて。バカな話ですねえ。
糸井 それを、俺たちが気づいちゃう、
ということのほうがおかしいよね。
近松 そうですね。
糸井 その音速のズレなんて気にしないで、
同じ時刻、というのが、普通ですよね。
あ、でも二つのお寺の間に住んでる人なんかは、
二つ聞こえてくるのか。
鐘の音が。
僕が今年京都でお正月迎えたじゃない。
あの時のあのあちこちの鐘は良かったよ。
近松 除夜の鐘の。
糸井 あっちからもこっちからも。
糸井 ボーンボーン、ボーンボーン、と。
で、遠さと近さって、やっぱりほら、
微妙にずれるじゃない?それがいいんですよ。
志の輔 へぇ、おもしろいな。異常なんですね、今が。
糸井 うん。つまり、5分や10分について、
そんなに厳密に考えなきゃならない、
ということが、おかしいんですよ。
みんなで強迫観念を持ってると。
近松 それは言えますね。
糸井 時間ノイローゼになってるとも言えますね。
志の輔 そうですねえ。
でもねえ、沖縄はいいですよ。すごく。
西表で落語会を今からちょっと前にやったんです。
それは那覇で、まず本島に行って、
翌日に石垣に渡って石垣でやって、
それで次の日、西表に行ったんですよ。
で、どこも7時開演なんですよ。
それは、石垣だって同じだったんです。
お客さんは7時前にやってくるんです。
というか、6時45分には全員来てる。来るべき人が。
さあ、西表で7時になっても外は明るい、
誰も来やしないんです。
7時開演ってみんな知ってるんですよ。来るべき人は。
現にその後から来るんですよ。8時に。(笑)
お客さんがくる前は、そりゃ心配しましたよ。
「7時に誰も来ないけど、
 お前、これ、誰も知らないんじゃないの」って、
でも
「いえいえ、報せるところは報せてありますから。
 ただ、この時間は一番農作業にとって楽な時間で、
 太陽は沈んだんだけど、まだ明るくて、涼しくて、
 やるべきときにやっとかなきゃな、と言って、
 8時ぐらいにおいでになるんじゃないですかね」
と、土地の人が言うんですよ。
まあ、そののんきさにも驚きましたけど、
実際、8時になったら人が来た、
っていうことに驚いた。
唯一7時に来たのが、
4人だけで、それが、森末慎二さん。
家族で遊びに来てたんですよ。
で、宿でチラシを見て来てくれたんです。
「ああ、志の輔さんがやってるんだ。
 じゃ、俺行かなきゃ」と言って、
時間通り来たのが、森末親子だけ。(笑)
小学校の体育館の隅に、4人こうやっているの。
で、誰かなと見ると森末さんですよ。
「ねえ、志の輔さん。今日、お客さん来ないの?」
って、
「いや、来る予定なんですけどね」
って。
「来ないですね」って、そわそわしてたんです。
で、森末さんに、
「いい? 待つ? 来るまで」ってきいてね。
「そりゃ、待ってよ。
 4人だけに語られてもイヤだよ」(笑)。
そりゃイヤだよ。
じゃ、待とうかって。
最終的には、沢山お客さんがきてくれましたけど、
あれはほんとに思い出に残る出来事でしたよ。
で、森末さんには、舞台にあがってもらって、
対談して、おまけにバク転までしてくれて。(笑)
芸があるっていいなあ、と思って。
でもその時のやっぱり恐怖感、恐怖というかなあ。
7時に客が誰もいない、という経験は……。
今から20何年前とかだったらわかるんですよ。
私も駆け出しのころで。
3人しかお客さんが会場にいなくて、
最後まで3人だったことはあるけども、
それは3人しか来るべき状態でなかった、
ということなんで。
いくら何でも、料金も1500円と、
西表に合わせたくらい。
でも、時間だけ、合わせてなかったんですよ。
で、その西表時間っていうのを、
石垣の人が知らなかったんですよ!
石垣だって同じ沖縄なのに、文化が違うんです。
7時にはきちんと集まる文化なんです。
生活は、石垣まで。那覇は当然のこと。
だけど、西表までは届いてないんですよ。
糸井 石垣が境になって。
一同 (拍手)
志の輔 うまい!(笑)
糸井 でも、リアリティがものすごいですね、
それ。
石垣と西表の間っていうのは、
そんなに離れてないですよね。
志の輔 いやいや、高速艇で……
3、40分じゃないですかね。
そんな遠くはない。
そんな半日かかるとかそんなんじゃないです、
全然。

(続きます。)

イラストレーター:玉井升一
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