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 『時間旅行』
 Dreams come true

 
1990年(平成2年)
 アルバム『WONDER 3』収録

彼氏との関係に
じれじれと
過ごしていた夏のこと。
(とびきりのやつを
  ありがとう)

2012年の 金環食まで待ってるから
とびきりのやつを


初めてその人と話をしたのは、
私がその会社に派遣されてすぐのこと。

派遣先の担当者から、いきなり、
「○○のプログラム作ってください」
という仕事の指示がでた。
しかし、指示された言語は私の専門外。
うわー、どーしよー?

当時は、コンピュータなんて、
特殊な部署に数台だけ置いてあるような時代。
操作も、黒い画面に呪文のようなコマンドをうって
実行させるというもの。
コンピュータを扱っての仕事は、
今では考えられないくらい、特殊で、
いわゆる専門職であった。
そんなIT黎明期ですから、
作り方を聞ける人もそうそういない。
おそらく「とほほ感」を体中から、
もわもわと滲みだしていたでしょう私は、
とりあえず、OAルーム
(コンピュータの置いてある部屋)に行ってみた。
むむむ、そこに、理系IT男子と思しき人が、
パソコンに向かって、ひたすら、
仕事に励んでいるではありませんか。

全然、知らない人だけど、この人に聞くしかないか、
と、意を決して、かくかくしかじか、教えを請う。
その人は、色白で端正なつくりをした顔を向け、
一瞬、訝しげに眉を寄せたが、
さくっと、要点をついた説明をしてくれた。

と、これが、その人と会話を交わした最初である。
(あとから知ったのだが、システム開発会社からの
 出向社員の方であった)

当時、私生活のほうでの私は、
学生時代から、付き合っている彼氏がいた。
一つ年下の彼氏は、浪人もしていたので、
私より、数年遅れで社会に出ている。
社会人になったばかりの彼氏は、
新しい環境と仕事の中で忙しく、
なかなか、会うこともままならない。
私の方は、毎日でも会いたい。
まあ、よくあるパターン。
私のほうは、そろそろ結婚も考えたい年頃。
しかし、彼氏は、
「まだ、そんなこと考えられないなー」
と煮え切らない。
これまた、よくあるパターン。

そんな風に、彼氏との関係に
じれじれと過ごしていた夏のこと。
プログラムについて教えてもらった職場のその人と、
同じ仕事に関わることになった。
その仕事は、夏休みを返上するほど忙しかったので、
結果、その人とも、がっつりと、
一緒の仕事に携わることになった。
そんなことをきっかけに、少しだけ年上の
その人と、話をするようになった。

とある夕方のOAルームで、
「今度、食事でもしませんか?」
と誘われた。

それから、何度か食事をしたり。
映画に行ったり。
ドライブしたり。
ブールに行ったり。
紳士的で、優しい、その人が、
とてもとても近くなっていってしまった。

かたや、彼氏には、ほったらかしにされっぱなし。

どうなのだろうか?
もしかしたら、彼氏よりも、
この人のほうが包みこむような幸せで、
私を安心させてくれる人なのかもしれない。

‥‥‥‥‥‥‥。

うわっ!

気づくと、
あろうことか、
「それって、人として、どーなのよ!??」
という両天秤スタイルとなっていたのであった。

しかし、そんな時に、突然の知らせが入ったのだ。
彼氏が車で事故って運ばれたと。
集中治療室に入ったと。

その時のことを、今では、
うまく思い出せないのだけれど、
職場のその人とは、そこで、いきなり終わりとなる。
ほんとに、なたをズバッと振り下ろしたごとくの
終わり方になってしまった。

ともかく、これまた、
「人として、どうなのか!??」
というほど、ひどいものだけれども、
彼氏の怪我の状態もひどく、
その他、いろいろが押し寄せて、私の中で、
その人とのことは、凄いスピードで
遠い領域のことになってしまったのだ。
あの時、きちんとサヨナラしたのかさえ、
定かではない。
ほんとに、ひどいもんである。

数ヶ月の入院生活ののち、彼氏は退院し、
そして、1年ほどして、私は彼氏と結婚した。
28歳。

あれから、20年ほど過ぎた頃。

縁あって、私は、その同じ会社に
再派遣されることとなった。
業務は多忙を極め、専門知識のある人が
徐々に集められてきた。
そんな中の一人として、
あの人がやってくるという話をきいた。

私は、ひとり密かに動揺した。
なんといっても、
「なたでズバッと」
である。
勝手極まりない行為。
私は、なんてひどいことをしたのであろうか?
と思うと、どんな顔をして会っていいのかわからない。
20年の時が過ぎ、すでに、
おじさん、おばさんになっているとはいえ。
その人が美しい奥さんと子供に囲まれているという噂は
聞いているとはいえ。
その人にとっては、すでに、
向こうが透けて見えるくらいの、輪郭のハッキリしない
思い出になっているかもしれないとはいえ。
私としては、やはり、落ち着かない気持ちであった。

そして、二度と会うことはないであろうと思っていた
その人と、オフィスで再会したのである。

その人は、
「うわー、変わらないですねー」
と笑顔を向けてくれた。
私は、
「また、よろしくお願いします」
と答えた。

私達は、私が思うより、ずっと、
きちんと大人になっていた。
私達は、というより、その人が‥‥かもしれないけれど。

まあ、当たり前か。
もうすぐ、50歳。笑

しかし、私の中には、まだ、
重苦しいような硬い何かが存在しているのは
確かだった。
その人も、そんな私のことを察したのか?
会社帰りのある日、偶然、
エレベーターが一緒になった時、別れ際、
「今度、食事でもしながら、話しない?」
と誘われた。

「ゆっくり話したいだろうと思って」
といって、その人が予約してくれたのは、
高層ビルの上階にある静かなワインバー。

外の夜景を眺めながら、
私達は、沢山、話をした。
仕事のこと、
趣味のこと、
勿論、お互いの家族のことも。
奥様、お子さんの写真を見せてもらったり。
今までのこと。

きっと、その人は、私の肩の荷を
下ろしてくれようという思いだったんでしょうね。
そのために、あちらから、誘ってくれたのでしょう。
ありがとう
それしか、言いようがない。

別れ際に、
「楽しかった、また、飲もう」
という話になったので、
「次は(あんなに雰囲気のあるところじゃなくて)
 焼き鳥屋さんにしましょう」
と私が言うと、
その人は、ニッコリ笑って、
「じゃあね。またね」
と言って、右手を差し出した。

固い握手をして、私達は、
それぞれの家路につきました。

(とびきりのやつをありがとう)

「時間旅行」が発表された
1990年には、22年後の金環食なんて
遠い未来だったんでしょうね。
もう終わっちまったけどね。あっという間にね‥‥。

その何十年もの時間をかけて、
とびきりのリングをくれた人がいた。
すばらしいではないですか。
恋愛して結婚するだけが関係の成就じゃない。
こういう、あたたかいつながりが、
しあわせというんじゃないかなぁ。
歌詞の「あなたがいれば」というのとは、
ちょっと違うかもしれないけども、
こういう軽くてたくさんの愛情を
充分知って生きていきたいと
私はつねづね思っています。

いや、もう、なんていうの?
こういう、二股まではいかないけど、
あやうい関係のものって、
読んでてどうなるんだろうと
気持ちがそわそわします。

終わってみればニアミスどまりで
なんだかホッとしたり、
俺がホッとするのも
へんだなと思ってみたり。

なにしろ、月日は偉大ですね。
20年が過ぎれば、
みんなそれなりに落ち着くんだ。
とはいえ、火がまったく
なくなっているかというと
ほんの少ぉーーーーしは
あるような気がして、
それもまた人生のおもむき。

うつくしい投稿です。
きっと、何度も何度も
この記憶をたどったからなのでしょう。
文章がまるで水で洗われたかのように
すっきりとしていて、
長い物語なのにとても読みやすかったです。

20年経って、そんなふうに会える。
いいなぁ、うらやましい。
こういう事実が巡ってくるから、
大人になるのってやっぱりいいものですね。

「固い握手」という表現も
この投稿の締めとして最高の爽快感。
(とびきりのやつをありがとう)さん、
とびきりのやつをありがとうございました。

いやはやおもしろかった!
ぐいぐい読まされちゃった。
「どーなるの?」と先を急いで読んだので
「なたでズバッと」って、どういう状況だっけと
そこで一回戻って読み直したりしつつ、
最後までぐいーんと読み終えました。
(で、それは「なたでズバッと」ですら、
 ないんじゃないかと思いました。
 どっちかっていうと突然消える感じ?
 ボタン推したら転送装置がブイーンとなって
 目の前から消えちゃうSF的な。)

エンディングのすごく単純か感想として
「いいともだちができてよかったなあ」
って思いましたよ。うらやましい、かなり。
彼、場所そうとう考えたね!
そしておとなになったんですねと思う、
ぼくもやっぱりもうすぐ50歳。

みなさまよい週末を!
まだ暑いのかなあ。

2014-08-23-SAT

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