『君にありがとう』
 つじあやの

 
2001年(平成13年)

「あのひと
 結婚したんだって」
嬉しくて、
涙が流れました。
  (リー)

今やっと僕は 君にさよならできる

彼とふたりで、東北のある地域を旅していました。
あいにくのお天気でしたが、その地のお料理、
ことに魚介を沢山頂きました。
美味しいものがどこからきて、
どんな人が料理をしてくれているのか。
そんなのを語ったり感じ入ったりしました。
その後、工芸品のお店で陶磁器を見ました。
君はこんなの好きなんじゃない、という彼の指摘はまあ、
付き合いが長いのでだいたい合っています。
陶器でできた燻製鍋を見つけました。
いかにも彼が気に入りそうだ、
でも買ったら燻製に凝り出した彼の話を、
延々と聞くことになるのかな。
少し面倒な気持ちになりました。
……あれ? 

そもそも私は、そういう日常を選ばなかったはず。

気付けば彼はおらず、そこは東北の工芸品店でもなく、
私は一通の手紙を読んでいました。
どこからか、彼の声が聞こえます。

「どうして君は、笑っていないのかい?

 僕は今、自分の家族と一緒にいます。
 妻や子どものためにできることを、胸を張ってやっています。

 だから、あなたのことはもう‥‥というか、
 僕や、僕の両親をあんなに悲しませた、あなたですから‥‥」

‥‥ここで、私は眠りから醒めました。
久しぶりに見た、彼の夢でした。
不思議に穏やかな気持ちで、ふと、
つじあやのさんの
「君にありがとう」を心のなかで口ずさみました。
(君にありがとう 君にありがとう言わなくちゃ‥‥)

私と彼は、学生時代から10年間、お付き合いをした仲でした。
ひとつ上の先輩で、私より先に就業しました。
遅れて就業する私は
「彼と結婚して一緒に暮らすことを前提に職場を選ぶか、
 それを度外視するか」
で長らく悩みました。
遠距離恋愛でしたから、働く場所も重要な要素で。

結局、彼の職場にほど近いところを選びました。
過労でない若手を探す方が難しい職場で
実際に過労で亡くなった同業者の話や、
自分たちの職種をめぐる報道に様々な意味で心を痛めながら
せめて責任には忠実であろうと、
頑張れたのは彼がいてくれたおかげです。
近所に住んでも会えるのは月数回、
その際も職場から呼び出しがあれば泣く泣く諦める日々で
毎晩の電話が命綱でした。
彼の顔・かたちより
声をよく覚えているのは、そのせいです。

私たちはまったくの同業者ですから、
仕事で何が辛いのか、
何が大切で譲れないのかまで共有出来ました。
心強い反面、いつしか視野狭窄に陥っていました。
相手も、自分と同じように感じているはずだと。
信じるつもりで甘えていたのです。
二人の間だけではなく、
世間に対してすら、おそらくそうでした。

私たちは、選べませんでした。
家庭に責任を持つには、
やりたい仕事も、学びたいことも多すぎる。
かといって「家庭」というかたちを持たないことは、
いわゆる適齢期の自分にとって、あまりに不安定。
彼という居場所を確保することと、全力で仕事を続けること。
私はある日、ポッキリ折れました。

職場復帰できなくなった私に、彼は言いました。
「一生一緒にいるから、心配しないで」と。
待って、待って、待ち焦がれたはずの言葉なのに、何てこと、
私の心は不思議なほど動かなかったのです。

崩れた体調が回復すると同時に、私は彼に別れを告げました。
「ああ、結婚と仕事と迷って仕事の方を選んじゃったのね」
‥‥この話をすると、友達に言われます。
それほど単純な二択なら、どんなに楽でしょう。

もとの職場を離れ、遠いところに再就職して2年が過ぎる頃。
共通の友達が教えてくれました。
「あのひと、結婚したんだって」
聞いた瞬間の気持ちは、
どう表現したら良いのか分かりません。
嬉しくて、嬉しくて、涙が流れました。
彼が家庭を持ったことが、
自分のことのように嬉しかったのか。
否、これで、
彼をあれほど悲しませた自分が許されるのではないかと、
錯覚したのです。

写真が趣味の彼は、かつて、美しい写真を2枚くれました。
一枚は、東南アジアのある国境の夜明け。
もう一枚は、東北のある地域の桜。
いつか一緒に行こうという約束は果たされず、
かわりに私はどちらの地にも、
彼と別れた後、仕事で出張しました。

別れて3年が過ぎる頃、冒頭の夢を見ました。
(今やっと君にさよならできる)
つじあやのさんの歌が心に聞こえると、ホッとします。

「大作」と呼んでいい投稿ではないでしょうか。
夢と現実と、今と過去と、こことあそこと、
時間や空間をゆきかう、
幻想的だけれど、ひりひりする現実も含まれた物語。
すばらしい文章。
「ほぼ日」の読者、すごいです。

むかし好きだった人を夢に見ること、
ありますよね? ありませんか? ぼくはあります。
夢というのは喜怒哀楽を増幅しますから、
そういうときは
ものすごく切なくなって目をさましたりします。
「夢かぁ‥‥」の次にやってくる感情は、
(リー)さんの投稿に漂うものと
すこし似ているのかもしれません。
それは、つじあやのさんが歌うこの曲のような気持ちです。
いい曲ですよね。
大好きです。
ぼくのiTunesでの再生回数ベスト10に入ると思います。
恋愛への感謝をストレートに歌う歌。

「君と出会って いろんなことがあったね
 全てが今の僕をつくっているのさ」

という歌詞もあって、そこも好きです。

書き出しからススゥーっとタイムスリップ。
すごい!

10年かぁ。長いおつきあいだったのですね。
ふたりの関係がうつりかわって、
「あれ? なんかちがうかな」
と思いはじめ、気がつけば
あともどりできなくなっている‥‥。
そういうことの原因は
「なにがどうだから」という
単純なことじゃないんですよね。
状況の渦の中にいる
人間対人間の個のぶつかりあいというか‥‥、
ああ、うまくイエねー。

まわりにどう思われ
どう言われようとかまわないけど、
本人に少しでも伝わっているかということについては
いつまでも不安だし、
きっと「伝わってなんかいない」から、
勝手に残念に思っちゃったりします。

だからね、いま、その人が
自分の知るかぎりのそのまんまで
ハッピーにやってるニュースは
たいへん自分勝手かもしれませんが、
最高のものです。
何年もすごしたんですものね、
ありがとうって言えるようになりたいです。

夢に許される(赦される)ことってありますよね。
気持ちの落とし所がないままに過ぎてゆく日々に、
ぽん、と、エンドマークをつけてくれるような、
そんな夢。
「もういいよ、先に進みなさい」
とでも、言いたげな、夢。
(リー)さんの場合、そんな夢と、
「あのひと、結婚したんだって」
という友達からの情報が、
道にあかりを灯してくれたのだと思います。
ほんと、よかったです。
許されたのは錯覚じゃないと思いますよ。

つい先日、亡くなってずいぶん経つ祖母が
はじめて夢に出てきました。
その時は、仕事で海外出張があったため、
通夜も葬儀も、もちろん死に顔も見れず、
病院で長く眠ったまま逝ってしまった
最愛のおばあちゃんに
ちゃんとお別れできなかったことを、
なんとなくうやむやにし、抱えていた十数年でした。
夢の中でひさしぶりに会った祖母はやさしくて、
そばに寄るとあたたかくて、
なつかしいおばあちゃんの匂いがしました。
どうやらぼくは夢の中で小学生くらいの年齢らしく、
なにも話さなかったけれど、
頭をなでられて号泣し、目を覚ましました。
あとで気づいたのですが、
その日が、祖母の命日でした。

夢は不思議ですね。

「あのひと、結婚したんだって」
の一文が出てきたときに、
‥‥どっちだろう? と思いました。

失ったものを痛感して
わんわん泣くこともできる。
でも、ここでの彼女は、
自分のことではなく、
彼のことを考えていたのですね。

そこが、読んでいて、
じーんとしました。
たしかに、悲しませたのかもしれないけれど、
視点が彼のところにあるのは、
やっぱり、「思いの強さ」だと思うなぁ。

それはそうと、この曲、
山下さんのiTunes再生回数ベスト10に入るの?
なにそれ、気になる。聴いてみます。

それでは次回の更新は土曜日です。
こういう名作がたくさんつまった
『恋歌、くちずさみながら。』という文庫本と
レーベルを超えて恋歌を集めた
コンピレーションCDのセットが発売中です。
セットには、特典として
シナモンティーをつけました。
こちらも、どうぞよろしくお願いします。

そうそう、ほんとだよ。
アルバム『春蜜柑』はずっとiTunesに残ってます。
「ほぼ日」に入る前からずっと。
この曲が好きなんです、ほんとに。

わー、最後にわりこんですみませーん。
シナモンティのセットを、
どうぞよろしくお願いいたします。

 

2013-06-19-WED

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN