『海岸通』
 イルカ

 
1979年(昭和54年)

誰もいないクラブハウスで
声を殺して泣きました。
 (うーちゃん)

妹のままで
いたほうがよかったかもしれない


高校一年生の時演劇部に入っていました。
クラブハウスが近くだった、美術部の三年生の先輩、
いつもかきかけのデッサンに飽きてきたら
ギターを置いてあったうちのクラブハウスに来ては
ギターをひいて歌っていました。
うちのクラブの先輩の幼なじみ。
髪が肩くらいまであって昔の火野正平さんみたいな感じ。
私もフォークソングやミュージックが大好きやったから
ギターに合わせて、よく一緒に歌っていました。
帰りにレンタルレコードを借りに行ったり、
お気に入りのテープを交換したり、
大好きな本を貸しあったり、
買ってきたおやつを一緒に食べたり、
私のお弁当のおにぎりを食べにきたり、
時々は大道具を手伝ってくれたり、
「兄ちゃん」って呼んでほんまの兄妹みたいに
犬っころがじゃれあうように仲良くしていました。

文化祭が終わった頃、
兄ちゃんがうちのクラブの子と
キスをしていたって噂が聞こえてきました。
放課後私は兄ちゃんに
「Yちゃんとキスしたん?」って聞きました。
兄ちゃんは何で聞くかなぁみたいな顔をして
「したよ」って言いました。
「Yちゃん好きなん?」と聞いたら
耳まで赤くしてうなずきました。
その顔を見たら何か頭がぐるぐる回って
その場に居られなかった。
聞かなきゃ良かった。
よく歌っていたイルカの『海岸通』の歌詞、
妹のままでいた方がよかったかもしれない‥‥を思い出した。
その時まで、私は兄ちゃんのことが
(恋愛対象として)好きやとは思っていなかった。
誰もいないクラブハウスで
突き上げる思いに声を殺して泣きました。
その後、兄ちゃんとYちゃんは
つきあったけど別れちゃいました。
私と兄ちゃんはそのままでなぜか腐れ縁で
30年たった今でも家族ぐるみのつき合いが続いています。

(うーちゃん)

演劇部の私と、美術部の彼。
フォークソングときらきらの青春。
じゃれあう犬のようにたのしい日々と、
切ない失恋の瞬間。
この思い出まるごと、うらやましいです。
最後の一行までもが、
なんていうんでしょう‥‥
フォークソング的なやわらかなどんでん返し。
家族ぐるみのお付き合いでは、
中学時代の話にもなるのでしょうか。
その部分も含めて、まるごとうらやましい。

この投稿を読んで、
久々に「海岸通」を聴きました。
‥‥いいっ!!
からだの奥の方から
じわっと何かがわきあがってくるような感覚。
なつかしいからいいのではなく、
普遍的にすばらしいです、しびれます。

ああ〜、
みんなでフォークソングを歌いたいなぁ。
カラオケもいいけれど、
やっぱりギターで、みんなで歌いたい!

『海岸通』は「妹」的な立場だった女の子が
「兄」のような男の子と恋をして、
そしてかなしい別れの時がくるという歌です。
ぼくもあらためて聴きました。
いいですよね。ほんと、いい。
伊勢正三(作詞作曲の人ですよ)
×イルカ(歌ってる人ですよ)の黄金コンビです。
あの名曲『なごり雪』もそうで、
愛をはぐくんだ町から、
どちらかが出て行くというところで
共通点があります。
(うーちゃん)さんが投稿のなかで
「兄ちゃん」って呼んでるのが、せつないなあ。
ほんのり関西弁も、いい。

ところで「昔の火野正平さんみたい」
というのが、当時を知らないかたに
どのくらい伝わってるのか不安ですが、
モテたんですよ、あのかた。
(いまも、か?)

ところで山下さん、
ギターで唄うのはいいんだけど、
伴奏上手にしてよ。
(ぼくは弾けない。)

みなっさぁぁ〜ん。
何を隠そうワタクシ、『海岸通』弾けますよ。
三味線じゃないよ、ギターだよ。
赤茶色のフォークギターを従兄弟から譲り受けて
まず買ったのがイルカさんのコード譜集。
『なごり雪』、しょっぱなFでギブアップ。
でも、『海岸通』はGだった。
だから、最初に弾いた曲が、これですよ〜。
最初がストロークで歌がアルペジオですよ〜。
さぁ、みんなで歌いましょう!

兄ちゃんYちゃんすきなん?
の、忘れられない瞬間から、
いまでは家族ぐるみの長いおつきあい。
すばらしい。海岸通の別れのテープは
そんなふうにつながることもあるんですね。

思わず2度目のコメントです。
スガノさん!
弾けるの?! すごい! 歌おうよ!

歌おう、歌おう!

はいはい、落ち着いて落ち着いて。
じゃ、まずチューニングから。
♪ぽいーーーーーん‥‥
(音叉を膝でたたき、口にくわえる)

という小芝居はさておき。

そうかー、ぼくらの十代の頃は、
だいたい中学くらいに、
ギターを覚えるかどうか、というような
ちょっとした機会が訪れてたんだけど、
いまの人にとってはギターを弾くことって
そんな身近なものじゃないんでしょうね。

ぼくは中2のときに、
友人の中脇のお姉さんにギターを習いました。
習ったって行っても、
いくつかコードを教えてもらっただけだけど。
Fもクリアーしてスリーフィンガーくらいまでは
当時、弾けたよ(今はあやしい)。

じつは、いま文庫本で出ている
このコンテンツの書籍、
『恋歌、くちずさみながら。』を出したとき、
購入特典として「歌本」をつけよう、
っていう企画もあったんです。
みんなでジャカジャカ弾いて歌うって
そりゃもう、たのしいですからね。

さて、ノスタルジックな風景が
鮮やかに目に浮かぶ今回の投稿のなかでも
フォークギターが青春の重要なアイテムとして
親しまれていたことがうかがい知れます。
たぶん、文化系の部活動をしてたからじゃなく、
この時代の多くの若者たちは
ふつうにギターを手にとっていたんですね。
いまの‥‥何に当たるんだろう?

いまの人にはいまの時代の、
大切なアイテムがあるんでしょうね。
けど、好きな先輩が他の誰かと
つき合ってるっていうウワサを聞いて
もやもやする、なんていうことは、
いつの時代もきっと変わらないんでしょう。

今回の思い出もたいへん素敵。
ほんと、質の高い投稿を、
いつもありがとうございます。
それでは、また。

2013-04-27-SAT

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN