『5㎝の向こう岸』
 松任谷由実

 
1980年(昭和55年)
 アルバム『時のないホテル』収録曲

私の方がごくわずか
ほんの少しだけ
背が高かった。
 (M)

今は似合いのTinyな女の子
つれてるときいたけど

彼はボーイフレンドの親友でした。

初めは三人で
武満徹さんの講演会に行ったり
自主制作カセットを作ったりしていたのが
だんだん二人だけで会うようになっていきました。

ある日、一緒にコンサートに行った時のこと
ホール入口のガラス扉が鏡のように
並んだ二人のシルエットを映し出しました。

私の方がごくわずか
ほんの少しだけ背が高かった。

それを見た二人の間に
同じ苦しい切ない思いが流れたのを
そのとき確かに感じました。

楽しくて楽しくて幸せで仕方なかったのに
どこかで結ばれない運命を
お互いに予感していていたように思います。
だからこそ一緒にいる時間が
あんなにきらめいていたのかもしれません。

その年のクリスマス、私からプロポーズ。
彼は親友の存在を理由に断りました。

失恋の痛手から死んだような3年間を過ごし、
諦めにも似た結婚をして故郷の街を離れた私。

久しぶりに帰省した時
偶然人ごみの中ですれ違いました。

私は歩き始めたばかりの娘を抱いて
彼は小柄な女性を連れて・・・
一瞬の出来事でした。

いま私は働くシングルマザーです。
娘はもうすぐ大学を卒業します。

長い時が流れた今だからわかる。
彼以上に愛した人には、
生涯巡り会えませんでした。

(M)

淡々と静かな投稿ですが、
強い想いが流れていることがわかります。

楽しくて楽しくて幸せで仕方なかったふたりが、
ガラス扉に映った自分たちの姿をみて急激に我に返る‥‥。
そのシーンが映像のように思い浮かびます。
せつない、せつない瞬間。

当時の(M)さんのボーイフレンドは、
(M)さんのことが大好きだったんでしょうね。
親友である彼は、きっとそれを知っていたから‥‥。

この投稿をいただいたのは、すこし前のこと。
(M)さんのお嬢さんはいまごろ
大学を卒業して新しい環境にいらっしゃると思います。
すてきな恋は、しているのかなー。
ぼくの息子はこの春、大学生になりました。
いい恋愛をしてね、と心から思います。
‥‥「いい恋愛」って何でしょうね?
これまた答えが難しい問いかけですけど、
「真剣になっていれば、それはいい恋愛」なのかな‥‥と、
(M)さんの投稿を読んだいま、ちょっとそう思っています。

誰をどれだけ好きでいただろうか、ということは
もはやよくわからなくなってるんですけども、
やっぱり、なんといっても運命というものを
感じてしまう場合がありますもんね。
受け入れられるのならばぜひ
その人といっしょにいたい。
相手も同じように思ってくれたならなお
「あのときこうなっていれば」
「勇気を出していれば」
ということになって、
思いに拍車はかかってしまいます。
身長やら親友やらに惑わされず
好きなら好きと! まっすぐどーんと!
なんて、願います。

彼はおそらくやさしくて、人のいい
まわりを気遣うタイプだったのでしょう。
いろんなことを無視できない彼だからこそ
好きになったのかもしれない。
そりゃジレンマですね。
たった5cmなのに、向こう岸にいる。

向こう岸とこちらの岸を分かつものって
いったいなんだろう?
ちょっとしたことなのに、
すごく頑固なものですよね。

ユーミンの歌のように、大人だったら
渡れたのかなぁ。
でも、「これから渡る」ってことも
あるかもしれません。
娘さんだけでなく、お母さんも!

「ホール入口のガラス扉が鏡のように
 並んだ二人のシルエットを映し出しました。」

魔法の鏡とか、真実の口とか、
そんなのあるのかなって思うけど、
あるんですよね。
一生に一回くらいあるんだと思います。
それは「GO」のサインや
祝福をくれることもあるけれど、
(M)さんたちの場合は、ちがった。
せつないです。

ユーミンの「5cmの向こう岸」は
♪最初から わかってたのは
と、はじまります。
それは「パンプスははけないってこと」なんですが、
彼もじつは思ってた。
♪僕もまえから おかしかったのさ
と、別れ話が出てから、彼は言うのです。
(M)さんのプロポーズを断った彼とおなじ、
歌にでてくる男の子も、とてもやさしいなあ。

恋愛が、うまくいったり、
うまくいかなかったりする理由は、
そりゃもう、いろいろだと思うんです。

でも、その圧倒的に複雑ないろいろを、
全体的に見渡して、象徴的なかけらを1個、
ひょいとつまみあげる。
それが、物語や歌をつくっている人の
巧みな手腕なのだろうと思います。

日本における達人のひとりが、
ユーミンですね。

その手腕が見事だから、
ピックアップされた「かけら」は
ほかの人の、ほかの恋にも
しばしばぴったりとはまってしまう。
おかで、こんなコンテンツが長く続いたりします。

大切な思い出を送っていただき、
ありがとうございます。
つぎは、水曜日にお会いしましょう。

2013-04-13-SAT

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