『BEHIND THE MASK』
 YMO
(Yellow Magic Orchestra)

 
1979年(昭和54年)

どうしたいのか、
どうなりたいのか
わからない
ままだったのです。
(ちづる)

ポイントは‥‥不明。
敢えて言うならタイトル。

中1の時に中3の先輩にラブレターを書きました。
大好きで大好きで仕方なかったのに、
もらった返事には「NOの理由」の他に
「俺の弟はどうでしょうか?」なんて書かれていました。

それ以来、クラスメートである
『弟』が気になり始め、
あっという間に弟の方を大好きになりました。

大好きだったけれど、
どうしたいかもわからず、
どうすればいいのかもわからず、
大好きを隠し
(隠れてはいなかったかもしれないけれど)、
仲の良い友達として、
同じ音楽を聴き、馬鹿話で盛り上がり、じゃれ合い、
それはそれは楽しい中学時代を過ごしました。

同じ高校に進学したものの、私は私のまま。
相変わらずどうしたいのかわからないのに、
『弟』はもう子供ではなく、交友関係も広がり、
同じクラスにいても
住む世界はまるで違ってしまいました。

気持ちの消化を出来ないまま高校を卒業し、
私は東京に、『弟』は地元に就職。
当時は、メールや携帯もなかったので
連絡手段は家電だけ。
声を聞きたくても、家に電話する勇気もなく、
大好きの気持ちだけがくすぶり続けました。
帰省の時に、本当に時たま顔を合わせると、
心に沈んでいたモノ、もう大丈夫と思っていたモノが
マドラーでかき混ぜられたグラスの底の澱のように
浮き上ってきました。

私は大人になっても、付き合いたいとか、
つながりたいとか、
そんな気持ちでないことだけは確かで、
ただただ「大好き」な気持ちだけが胸にあり、
どうしたいのか、どうなりたいのか
わからないままだったのです。

彼は、高校のクラスメートと結婚し、
私は就職先で知り合った人と結婚しました。

大好きになってから30年以上も経ったつい先日、
高校のクラス会で顔を合わせました。
やはり、心に沈んでいた澱は浮き立ってきましたが、
奥さんも同席しているので
浮き立った澱を見せるわけにはいきません。
それでも、騒がしい二次会の席で
隣に座ったときには嬉しくて。
聴いている音楽の話になった時に、

「初音ミクのYMOは良いよね〜」
「仕事がはかどるね〜」
「ユキヒロのぬらぬらした唄い方より、
 ミクの方がイイ感じの曲もあるよ」などなど‥‥。

そんな会話がとても嬉しくて。
感じていること、
思っていることがあまりにも似ていたので驚き、
私が彼とどうなりたかったかが見えたのです。

三次会で、「コイツ(私)は、
俺の兄貴にラブレター書いたんだよなぁ」
という爆弾を宴席に落とされ、
私はウンウンと頷くしかありませんでした。

酔いにまかせ、
「でも今は兄貴より弟が大好きだよ」
と言えなかったのは、
この席に奥さんがいたからだけではなく、
彼と、どうなりたいかが見えたからです。

付き合いたいのではなく、寝たいのでもなく、
ましてや、結婚したいのでもありません。

私は、あの頃に戻りたかったのです。

双子みたいと揶揄されるほど仲の良かった中学生の頃。
決して、今が不幸せなのではありません。
ただただ脳天気だったあの頃に対する憧憬でしょうか?

今これを書いて、必死に澱を沈めようと
もがいている私‥‥。

仲の良い友達時代に戻りたいというのは、
建前なのかもしれませんね。

BEHIND THE MASK

仮面の裏側は、隠しておきます。一生。

(ちづる)

「俺の弟はどうでしょうか?」

そんなひとことで始まった長い恋。
もがいて、もがいて、30年経って、
やっとわかった「どうなりたかったのか」。
早い、遅いということは、きっと、なくて、
この恋に決着をつけるには、
それだけの時間が必要だったのかもしれないですね。

みんな否応なくおとなになって、
他愛ない会話のなかだけで生きていくことは、
とてもむずかしくなって。
「またあしたねー!」
と、もうなんの疑いもなく言えた頃は、
ほんと、かすんで見えないくらい、遠くて。
それでも、その風景や光景は、
(個人的な思いですけど)
ぜったいに今の力になってると、
そう思うのです。

中学生のときにYMO。
まさしくドンピシャ、同世代です。
クラスにはYMOいいよね! なんて
話せる女子はいなかったよー。
うらやましいなー。

好きだった人に同窓会で再会。
そういう投稿、好きなんです。
投稿者の方の、それまでの、
おおげさに言えば「人生」をすこし感じ取れたりして。

さて、この投稿の同窓会はどうなのか? と読みました。
せつなくほのぼのと終わるのか、
それともスリリングな「焼けぼっくい展開」なのか、
果たして。
ちょっと、おどろきました。
(ちづる)さんが見つけた答えにびっくり。
くすぶりつづけたその気持ちの正体は‥‥

「私は、あの頃に戻りたかったのです。」

たぶん、この答えは、
答えとしては不十分なのだと思います。
(ちづる)さんご自身も「建前なのかも」と
おっしゃっていますよね。

でもぼくは、この一行が胸に響きました。
これは(ちづる)さんが自分を落ち着かせるための、
理屈のようなものなのかもしれません。
とはいえあの頃、脳天気にたのしかったことは
しびれるほどにまぎれもない事実だったわけで。
ただただ「大好き」な気持ちも、まだ胸にあり。
そのあたりを気持ちがぐるぐると駆け巡る‥‥
そう、「もがき」ですよね。
そういう「もがき」は、たぶん、
誰のなかにもかたちをかえてあるのでしょう。
たいへんな「もがき」があるほどに、
その人の「味」や「厚み」が出るのかもしれません。

いずれにしても、
「決して、今が不幸せなのではありません。」
という一行に、「それがなにより」と感じました。

「恋歌くちずさみ委員会」
に寄せられる投稿には、
「ラスト3行の大どんでん返し」
「あっという間に経つ10年」など、
ここでしか読めない
いくつかの際だった特長があるのですが、
今回の投稿に代表される
「それはそれとして別の人と結婚」
というパターンがぼくはけっこう好きです。

ひとつの物事を別の角度から見れば
必ずちがったふうに語れるように、
どこから見ても同じように見える
まんまるの球体みたいな出来事って
まず、ないと思うんです。

たぶん、「就職先で知り合った」
いまのダンナさんを主役にして
別の恋歌を鳴らすこともできる。
でも、この投稿と向き合ってるあいだは
YMOの懐かしい曲が鳴っている。

「恋歌くちずさみ委員会」という
思い出の投稿コーナーがよいのは、
ふだんはあまり許されない、
「ちょっと個人的な角度」から
ある出来事をとっくりと眺め、
そこに心ゆくまで浸ることが
できるからではないかなと思います。

それにしても謎ですね、
お兄さんが
「俺の弟はどうでしょうか?」と書いたこと‥‥。
もしかして、弟が(ちづる)さんを好きなこと、
お兄さんは知っていたのかもしれませんね。
いや、そうでしょう。

なんとも思ってなかったような人が
急に視界に入ってきてピントがあう感じ。
「あれ? あれれれ?」
って、自分でもよくわからない気持ち。
あったなぁ、あったなぁ、
思い出してしまいました。

なにがきっかけになるかって、わかんないもんですね。
その弟が、30年以上ずっとつづく
印象深い人になるなんて。

ねー。

心の澱は浮かんだり沈んだり。
いつのまにか溶けて
「ミックスジュース」のように
なっている場合もあります。
会わなきゃよかった、と思うことも
あるのかもしれないけど、
いやぁ、全体的に見れば
どんなふうに好きな人とも、会えてよかった、です。
人は宇宙の星々とつながってるんですよ。なんつって。
では、また土曜に。

2012-11-28-WED

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