『聖母たちのララバイ』
 岩崎宏美

 
1982年(昭和57年)

 「信じて、何があっても、
 彼から離れないでいよう」
まるで信仰のように、
私は覚悟を決めました。
   (投稿者・はなちるさと)

ああ、出来るのなら生まれ変わり
あなたの母になって
私の命さえ差し出して
あなたを守りたいのです

もうすぐアラフォーにカウントされる、アラサ―女子です。
以前にお付き合いしていた彼との思い出です。
数年前、職場で知り合い、彼からのアプローチを受けました。
当時私は別の人とお付き合いをしていましたが、
なんだかしっくりいっていなかったこともあり、
年上の彼の知識や話術や、共通の趣味や、
なんだか刺激的な(バツイチだとか)日々の
ちょっとしたやりとりの果てに、当時の彼と別れ、
しばらくして彼とお付き合いすることとなりました。

桜の季節にはじまったその恋。
それからの日々は、楽しく、せわしなく、
でも今まで体験したことのないことの連続でした。
色々なところへ旅行し、気に入った宿には何度も訪れたり。
彼の運転するバイクの後ろに乗り、
時速100キロを超える風を受けながら、
「ああ今、彼に命を預けているんだな」と思い、
同時に話上手で頼れて、女の子に人気のある彼に心配し、
嫉妬の日々を送ったり。
喧嘩もたくさんし、結婚するのしないので
(いわゆる適齢期でしたので)、口論したり‥‥
実際、女性関係は華やかでしたが、それでも信じて
お互いに一緒にいようと言い続けていました。

ですが付き合い始めて3年が経ったある日、
突然に彼から心変わりを告げられました。
「考えたけど、こうするしかなかった」と。
最期の食事の時、出自の複雑な彼に泣きながら私が言った言葉が

「私があなたを生んであげたかった」

別れを受け入れつつも、心からの言葉でした。
彼も泣いていました。初めて見た、彼の涙でした。

さまざまな後悔を抱えつつ、心を整理していた半年後、
彼から複縁の申し出がありました。

迷い考え、苦しみながらその申し出を受けた私は、
今度こそ彼を心から信じ、全て受け入れようと思い、
また彼との日々を始めました。
一度ダメになっても、もう一度選んでくれるなら、
「信じて、何があっても、彼から離れないでいよう」
まるで信仰のように、私は覚悟を決めました。

この先ずっと一緒にいるんだろうと信じて疑いませんでした。
もし彼が他の人に心揺れる日が来ても、
私を選んでくれるだろうと。

そしてまた数年が経ち、2011年3月11日がやってきました。

大きな揺れが収まった後、とりあえず無事が確認できた彼は、
職場の状況が落ち着き次第、徒歩で帰宅すると言いました。
「帰宅したら連絡して」と約束して電話を切りました。
職場から彼の自宅までどんなにかかっても
2時間も歩けば着くはずです。
夜になっても連絡がないことに不安になった私は
彼の家へと向かいました。

彼の家のドアを開けたのは知らない女性でした。
状況がよく飲み込めないまま、自分が彼と付き合っていて、
心配して様子を見に来たと伝えると
その女性も「私も彼とお付き合いをしていて、
職場からすぐに離れられない彼の代わりに様子を見に来たのだ」
と言いました。

お互い困惑しつつも、二人で彼の帰りを待ちました。
彼が帰ってくるまでの数時間、揺れが続くなか、
二人で部屋を片付け、怖がる猫をなだめながら、
たくさんの話をしました。

そして、その彼女と私は、2年ものあいだ
彼から二股をかけられていたことが分かりました。

深夜に帰宅した彼は、二人揃った状況に驚きつつも、
いつか来るこの日を予測していたような態度で、
至極冷静に、私ではなく彼女を選びました。
一度ダメになった恋は、そこを解決しない限り、
やはり壊れるのだ、と妙に冷静になり、
彼女に愛の言葉と将来の展望を語る彼を、
私はただ見ていました。

地震から数日間は、度重なる余震や、
刻々と変わる原発の状況や
節電で毛布をかぶって息をひそめながら、
「失恋ごときでくよくよしてはいけない」
と背筋を正されて励まされて、
失恋の傷は早く癒えたと言えるでしょう。

すこし経ってまた桜が咲き始めたころ、
「桜の季節に始まった恋は、桜が咲く前に終わったな」
としみじみと思い返し、わかったことが一つ。
あの日、私と同じ思いをした女性が
世界中でもう一人だけいること。
早く傷はふさがっても、傷痕は消えないこと。

自分が考えられる限りの全ての種類の感情は、
彼との日々で体験しました。
自分の幸せより、相手の幸せを心から願うことができたのは
彼が初めてでした。
だから、彼のと恋愛が初恋と言えるかもしれません。
本当に本当に、彼を取りまく全ての不都合から
彼を守りたかったし、
死ぬまで、いや来世でも一緒に生きていくのだと
信じて疑いませんでした。

でも、彼は私を選ばなかった。

今でも、職場で時折顔を合わせます。
器用に見えて不器用に生きている彼は
なかなか大変そうにしているけれど、
会えばお互いに幸せかを尋ねます。
あの時話した彼女とは別れたようです。
まだ彼が結婚したとの話は聞いていません。

現実を共に生きていくには彼は不誠実すぎたし、
別れは必然だったと納得はしています。
でも、一度でも「彼の全てを受け入れていこう」
と自分で決めたことは
私の心に残りました。

もともと好きだったこの曲をたまたま耳にした時、
気づいたら号泣していました。

自分の命を引き換えにでも彼を守りたいと思ったくせに、
選ばれずに手を離してしまった後悔とともに、
消えない傷跡を眺めます。

どうか彼が一人の人を愛して
幸せに生きていけますように。

(はなちるさと)

「私があなたを生んであげたかった」

すさまじいです。
あまりにすごいんで、
何を書いたらいいのかさっぱりわからない。
「母性」ということばがありますが、
恋愛関係の渦中で、こんなふうに、それが、
表出することって、あるのですね‥‥。
女性ってすごい。

今でも、職場で時折顔を合わせるという彼。
器用に見えて不器用に生きている彼。
会えばお互いに幸せかを尋ねる、彼。
そんなに深い間柄でも、
人生をともにすることは、できなかった。
「どうか彼が一人の人を愛して
 幸せ生きていけますように」という気持ちは
まさしく聖母のようです。

タロットと占いの専門家のかたに
聞いたことがあるんですが、
天変地異はいろいろなひとの運命の
「予定表」みたいなものを
ぐちゃぐちゃにしちゃうことがあるんだそうです。
そんなことを思い出しながら
あの震災は自分が想像している以上に
とてもおおきなものだったのだと
深いためいきをつきました。

震災も、病気やそのほかの災害も、
おおきな出来事というものは
いろんなところに影響を及ぼすのですね。
そうか、「予定表」を書き換えてしまうのかぁ。

男女に友情があるとすれば、それは、
「最初から同性としてつきあう」
「行くところまで行った先、越えた先に
 友情が見えてくることがある」
このふたつのパターンがあるのだと
聞いたことがございます。

おふたりには、ほんとうに
いろんなことがありました。
「自分が考えられる限りの全ての種類の感情は、
 彼との日々で体験しました」
という言葉、すごいなぁ、と思いながら読みました。

投稿は、彼の幸せを祈る言葉で
締めくくられています。
何もかも越えた友情は
こういうことをいうのかもしれない、と
自分の未熟さを感じつつ、思いました。

見当はずれかもしれませんが、
読んでいちばん強く印象に残ったのは、
余震の続くなか、彼の部屋で、ふたりが、
おそろしく収まりの悪い状態で
彼の帰りを待ったという箇所でした。

ふたりは、なにを、
どんなふうに思っていたのだろう。
どうやって過ごしたのだろう。
ひょっとしたら、
散らかっていたなにかを
片づけたりしたのかもしれない。
コーヒーをいれたりしたかもしれない。
彼のことを、どちらが、
どのくらい話したのだろうか。
テレビは、痛ましい光景を映しただろう。
それを観て、ふたりは、
なにか同じ視点から話したかもしれない。
共感や連帯が生じたかもしれない。
いらだちや不信が高まったかもしれない。

そうして、おそらくとても長く感じる
不安定な時間が過ぎたあと、
玄関に物音がして、彼が入ってくる。
その彼を、ふたりはどういう目で見たのだろう。

その後の日々を
「失恋の傷は早く癒えたと言えるでしょう」
ととらえているところに
「ぜんぶを感じ終わったあとの客観性」
を感じて、すごいな、と思いました。

「私があなたを生んであげたかった」
この言葉は、やはりすごいです。
異性への想いというものは、
ここまでのものになるものなのか‥‥と。
驚きとともに、つい我が身をかえりみましたが、
比べるまでもなく、
ぼくはここまでの経験をしたことがありません。
もしも自分が
そんなふうに言われたらどう思うだろう?
「私があなたを生んであげたかった」って‥‥。
‥‥見当もつかない。
きっと次元が違うのでしょう。
すごいと思うのは、
「私があなたを生んであげたかった」
を聞いた彼が(はなちるさと)さんの前で
初めて涙を見せたということです。
この言葉が、そんなに強く響く関係がすごい。
そこまでの想いをやりとりする間柄には
正直おそろしささえ感じますが、
同時に(これも正直に)憧れも抱きます。
そこまで想えるって‥‥
どういう心のありようなんだろう‥‥。

『聖母たちのララバイ』が、
さっきからずっと頭の中で流れています。

(はなちるさと)さん、
大作をありがとうございました。
1行たりとも気を抜いていない文章、
しっかりと読ませていただきました。
こんなに重要な想いを、
ここに届けてくださったこと、光栄に思います。

それではまた。
おたよりをお待ちしつつ、
土曜日にお会いしましょう。

 

2012-06-13-WED

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