2、みやこ町に到着

歴史民俗博物館に着きました。
町の公民館的なものを想像していたので
金色の鴟尾のついた立派な屋根瓦にびっくり。

応接室でお昼のお弁当をいただいたあと、
15分ぐらい時間があるようなので
館内を大急ぎで見学することにしました。










 
まずは縄文時代から
パネルで英彦山(ひこざん)を確認。
(写真の赤い丸をつけたところが英彦山です。)
そこから、京都(みやこ)平野に
川が何本も流れています。

遺跡の数は多いのですが、
縄文土器が少ないみたい。
しかも縄目模様よりも
豆などを押しつけた模様が多いようです。

黒曜石は、国東半島沖の姫島と
伊万里の腰岳から採れたものが
大量に出ているそうです。
どちらも黒曜石の産地として有名ですが
ここ、みやこ町から、
近いと言えば近いのかなー。

黒曜石とは
 
旧石器時代からナイフや
鏃などに加工して使われたガラス質の石です。






 
次は弥生時代
稲作の道具やいろんな形の弥生土器など
たくさんの出土物が並んでいます。

英彦山から流れる水と肥沃な大地
水稲作に適した気候、
まさに弥生時代最先端の町、みやこ!

あ、稲作だけじゃなくて海の幸も。

日本で一番大きい鉄の釣り針!
こんな針で釣ったのは鮫でしょうか?
もしかして鯨も?
船もしっかりしていないと
獲物ごと
ひっくり返ってしまうでしょうから
それなりの大きさの船もあったのでしょう。

ありがとうございます
 

弥生時代の出土品で、
ここまで盛り上がってくださるなんて‥‥。
ハニワのわたしがこう言うのもあれですが、
なんて奇特な女性でしょう‥‥スソさん。
でも、感謝です、ありがとうございます。
大昔に興味を持っていただいて、
ハニワ的にうれしいです。

この釣り針、
現代のみなさんが使っているものと
ほとんど同じ形状ではないでしょうか。
太古の昔からずーっとこの形だなんて、
ハニワ的にもすごいことだと思いますわ。







 
いよいよ古墳時代
弥生時代に順調に人口が増えて
次の古墳時代、
さらに盛り上がった感じがします。

北部九州で
最初に前方後円墳ができた、ということは、
その勢いが目立ち、
近畿政権に目を付けられたのかも?

まあ、難しいことはひとまずおいて
楽しい出土品を観よう〜。

けっこう大きい馬具飾りの鈴
げんこつの3分の2ぐらいあるかな〜。

小さいけど鏡も出てきています。

今日はこれから古墳をまわるのですよ!
ふふふ…。

テンションアップ
 

展示物が古墳時代になったら、
きゅうにスソさんが笑いはじめた!
すごい‥‥
テンションがアップしてるのね。
みこちゃんもびっくり、
スソさんはほんものの古墳好きだわ!





 
ジオラマだ!
珍しい前方後方墳や
石棺墓、甕棺墓、土壙墓が
丘に集中しています。

なんと、同じ場所に縄文から
鎌倉時代までの遺跡があったそうです。
よっぽど住みやすい場所だったんですね。

それにしても、ジオラマって楽しい。
この長い期間を時代別に立体表現できると
もっとわかりやすいんだけど...。
立体レイヤーって無理かな〜。

徳永川ノ上墳丘墓群とは?
 
祓川右岸にある縄文・弥生・古墳・鎌倉時代の
複合遺跡のことです。
約100基の弥生終末期の墓が確認され、
多数の副葬品が出土していますよ。






 
あ、勾玉がいっぱい!
瑪瑙や水晶の勾玉って、
すごく貴重だと思います。

よくある青や緑の翡翠のだけじゃなくて
赤っぽいのとか黄色っぽいのが
多めっていうのも
持ち主の嗜好を感じます。

みこちゃんも好き
 

わあー、おっしゃれー。
みこちゃんも勾玉が大好き!
こういうの、
みこちゃんもほしいなぁー。

‥‥ごめんなさい、興奮すると、
一人称が「みこちゃん」になるの。
古い女なのに‥‥
ものすごくいい年なのに、恥ずかしい‥‥。



 
胞衣壷とは?
死んでしまった赤ちゃんの骨を壷などに入れて
家の入り口のところに埋めた跡は
あちこちの縄文遺跡からみつかっていますが、
胞衣壺のなかに、墨を折って入れるというのは
初めて観ました。

胞衣については、
中沢新一さんの書いた「精霊の王」のことを
思い出します。

「あれはたしか諏訪の‥‥。」

なんてことを考えていたら
学芸員の川本さんが現れました。

市役所へ移動する時間です。
さあ、いよいよ古墳ツアーに参加です。

古墳へゴー!
 

15分でさーっと展示物を見学したスソさん。
なんだか気もそぞろのご様子。
「はやく古墳をー」
っていうのが顔に出ていますよ、スソさん。

というわけで、
次回、いよいよ古墳ツアーへまいりまするー!


 
2012-03-18-SUN
 
まえへ このコンテンツのトップへ つぎへ