小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。

其の四拾四・・・・燃焼


「乾杯〜!」

S木さんの高らかな声が響き渡る。
今日は彼の個人的な記念日だというので、
新宿の居酒屋で二人で飲んでいる。
S木さんというのは、隣に嫌いな人が住んでいて、
その家の木に何年も小便をかけつづけて
枯らしてしまったり、
訪れた家の人の態度が悪かったからというだけで、
洗面台に放尿して帰ってきたりという、
味方にしておくと面白いが、
敵に回すとこれほど恐ろしい人はいない、
という男なのだ。

S木 「今日は俺の大切な記念日だからね、
 ぜひ小林くんに祝って欲しいと思ったんだ」
小林 「何の記念日ですか?」
S木 「20年前の今日、
 俺と同志たちが完全燃焼した日なんだよ」
S木さんの話は、いつもどこか大げさで匂うものがある。
小林 「完全燃焼とかいって、
 屁でも燃やしていたんでしょう」
S木 「えっ、どうしてわかったの?実はそうなんだよ。
 友だちと一緒に会を結成してたんだ」
小林 「どんな会ですか?」
S木 「屁燃す会(へもすかい)っていうんだよ。
 最盛期は10人ほどいたね。
 みんなで俺の家に集まって、
 ライターで屁に火をつける。
 最初、やり方がよくわからなくて、
 パンツを脱いで着火しちゃって、
 ケツ毛に引火して火傷したよ。
 それからいろいろな体勢を試してみたけど、
 安全を考えると薄めのズボンを履いて
 仰向けに寝っころがり、
 足を顔のほうにもってきて燃やすのが
 ベストだとわかった。
 小林くんの好きな言葉でいえば、
 まんぐり返しってやつだな」
安全のことを本気で考えるのなら、
屁など燃やさないのがベストだろう。それに、私
はまんぐり返しなどという言葉は好きではない。
S木 「でも、初めて成功して青い炎を目にした時には
 胸がじ〜んとしたなあ。
 だって、自分の体の中にこんなに凄いエネルギーが
 眠っていたんだぜ。
 俺も地球の一部なんだって実感したよ。
 ほら、人間って地球から生まれたわけじゃん。
 だから地球にあるすべてのエネルギーが
 体の中に存在しているはずなんだよ。
 屁が天然ガス、糞が石炭、小便が水力、
 セキやくしゃみが風力、射精が原子力。なっ。
 だけど、
 どうしても原油にあたるものがわからないんだ。
 まだ誰も知らなくて、
 体のどこかによく燃える液体が埋蔵されているんだと
 思う」
いわれてみればそんな気がしてくるから不思議だ。
S木 「長期間焼きイモを食べた屁は赤、大豆は緑、
 雑食は青の炎という話を読んだので、
 食べ物をかえてみたけどよくわからなかった。
 でも、腹を壊している時にビビビビッと出る屁は
 線香花火だったな。
 それからね、俺の家は
 ハエがたくさん飛んでいてうっとうしかったんだよ。
 だから電気を消して懐中電灯でケツに光を当てて
 おびき寄せた。根気くらべだったね。
 でもついに近寄ってきたんだ。
 すかさず屁をこいて火を着け、ぶっとばしてやったよ。
 あの時思ったね。俺はハエに勝ったって」
そこが彼の恐ろしいところなのだ。
屁を燃やしたことのある人はかなりいると思うが、
ハエをおびき寄せて屁で爆死させようとする男など、
世界に何人いるだろうか。
S木さんはその後も、屁でイモを焼くために
針金でケツにイモを固定する
「屁焼きイモホルダー」や、
フラれた女と一緒に移っている写真を屁で燃やすための
「彼女よさよオナラ写真立て」
というバカげたものまでつくったという。
S木さんをフッた彼女も、
まさか屁で写真を燃やされたとは思っていないだろう。
S木 「でもそうこうしているうちに
 二年ぐらいたっちゃってさ。
 このまま続けていても発展性がないから、
 会を解散しようっていう話になったんだ。
 それで20年前の今日、俺の家に集まった。
 最後まで残ったメンバーは三人だったよ」
小林 「ずいぶん減ってしまったんですね」
S木 「そうなんだよ。最後だからビールで乾杯しながら、
 イモとかニラとかいい屁のもとをたくさん食ったんだ。
 そろそろしめようということになり、
 三人は電気を消して屁を燃やす体勢をとった。
 そしたらね、浜部っていうヤツが
 蛍の光を歌いだしたんだ。
 俺ともう一人も小さな声で口ずさんだ。
 蛍の光に合わせて炎が飛び交う中、会は解散した。
 でもね、これで屁から卒業かと思うと
 悲しくなってきちゃってさ。
 屁を燃やしながら俺、泣いちゃったんだよ。
 横を見たら浜部も泣いていた。
 今思うとかなりまぬけなんだけどね」
     
蛍の光を口ずさみながら屁を燃やし、
感傷からつい涙してしまう。
それが果たしてまぬけなことだろうか。そうは思わない。
まだまだ世の中には、愛すべき男たちがいる。
その幸せを、私は静かに味わっている。

2001-01-29-MON

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