KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の弐百拾八・・・日本史

パタパタ ザッザッ

北小岩 「先生は
 隅々まで気配りできる方なのですが、
 整理に関しては、
 隅々まで散らかさないと
 気がすまないのでございます」

弟子は師の猥褻と言ってよいほどに散らかった部屋を、
五時間かけて掃除しているのだが、
いっこうに終わる気配はない。

北小岩 「思い出の品が
 そこかしこにございますので、
 丁寧に片付けねばなりません」

バカ先生にはもったいない弟子なのである。
幾層にも積み上げられたエロ本を、
何往復もして移動させていると。

北小岩 「はて、『俺の日本史』?」

古びたノートが、
エロ本とエロ本の間からこんにちはしていた。

北小岩 「そういえば、先生は高校時代、
 日本史は全国レベルだったと
 自慢されておりました。
 このノートから、
 片鱗をうかがい知ることが
 できるでしょう」

弟子は整理の手を休め、ゆっくりとノートを繰った。

北小岩 「なになに?
 え〜と。
 『歴史の書を紐解くと、
  あたかもそれが絶対の
  真実であるかの如く語られているが、
  歪曲されたまま後世に
  伝えられている可能性は、
  誰しも否定できるものでは
  ないであろう』」

人のよい北小岩くんは、手をかたく握ってうなずいて。

北小岩 「なるほど!
 それはするどい見解でございます。
 考えてみれば、わたくし、
 聖徳太子さんにも、源頼朝さんも
 お会いしたことがございません。
 いえ、現在この世に生ある者で、
 その目で見た人など
 皆無でございましょう。」

ノートは続く。

北小岩 「え〜、
 『俺は全国有数の日本史者と自負する。
  天から与えられし己の慧眼で、
  日本史を詳細にたどってみると、
  腑に落ちない箇所が何点も
  散見されるのである』。
 さすが先生でございます。
 たかだか16の齢で、
 すべてをお見通しだったのですね」

単にうつけ者のほざきであるのだが、
純粋な弟子の瞳は早くも熱いもので潤みだした。

北小岩 「『最初に俺がにらんだのは、
  北条政子である。
  源頼朝の正室。
  頼朝なき後、頼経の後見人となり、
  実権を握って尼将軍と呼ばれた。
  俺はその史実に異議をとなえる。
  文献を丁寧に読み込めばわかることだ。
  頼朝の妻は北条政子ではなく、実は
  『ほうにょう政子』だったのである。
  ほうにょう政子は、
  人のものとは思えぬほど大量の尿をし、
  それを偶然見てしまった頼朝は、
  彼女を大いに恐れた。
  征夷大将軍をも
  震え上がらせた女として、
  政子は『尿将軍』と呼ばれた。
  それがあらましだろう』・・・」


天の政子がもしこのノートを読んだら、
先生など島流しではすまされない。

北小岩 「人それぞれに
 歴史の解釈があってよいはず。
 先生は果敢にもそれを
 実践していたのでございましょう」

あくまでも師の肩を持つ弟子。
再びノートに目をうつすと。

北小岩 「え〜と、『時代は進み江戸末期』。
 光陰矢の如しでございますね。
 『龍馬から日ノ本第一の人物と慕われ、
  江戸城無血開城に導いたといわれる
  勝海舟という男。
  しかし、俺の目はごまかせない。
  きっとそれは、
  かつ丼海舟の間違いであっただろう。
  かつ丼海舟がもしも牛丼海舟だったら、
  咸臨丸で渡米した際に
  ビーフボウル海舟と呼ばれ
  (以下続く)』。ふう・・」


悲しいため息がこぼれた。

北小岩 「わたくし、
 先生のことを尊敬して止みません。
 しかしこのノートは、
 読むだけ時間の無駄でございましたね」

現在の日本史が、どの程度の正確さで記されているのか。
それは神のみぞ知る。
しかし、先生のように詭弁を弄し歴史を語るものに、
決してごまかされてはならない。
朽ちかけたノートから得られる真実は、
先生は高校時代全国カスレベルであり、
日ノ本最下位の男だった。そんなところだろうか。

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2008-12-07-SUN

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