小林秀雄のあはれといふこと

しみじみした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の百弐拾・・・レター


小林 「ほな、ちょいと出かけてくるわ」
北小岩 「わたくしも連れて行って
 いただけませんか?」
小林 「まあ、しばらく一人になりたい気分なんや」
このところ週末になると、
小林先生がふらりと姿を消してしまう。
悩みでもあるのだろうか。
万が一を憂慮し、弟子の北小岩くんは
こっそり後をつけてみることにした。
北小岩 「どうやら駅に向かっているようです。
 それにしても、
 あの唐草模様の風呂敷の中身は
 何でありましょうか」
先生が歩くたびに、カチャカチャという音がする。
行商のおばさんのようないでたちで
小田急線に乗り込むと、
車両の一番端の席に腰掛けた。
風呂敷を大事そうに胸にかかえ、
天使のような笑みを浮かべている。
北小岩くんは見つからないように、
隣の車両から目を凝らした。
北小岩 「あくまでもわたくしのカンでありますが、
 海に向かっている気がします。
 あの風呂敷の中には、
 先生の真心が
 入っているのではないでしょうか」

さすがに長年弟子を勤め上げているだけのことはある。
北小岩くんの思った通りに、
終点の片瀬江ノ島まで乗車。
ゆっくり歩を進めて江ノ電に乗り換え、
由比ガ浜で下車した。
凍てつく冬の朝、海には人影もない。

砂浜に風呂敷を置くと、何かをとりだした。
どうやらボトルのようである。
まるでウミガメの赤ちゃんでも放流するかのように、
やさしくボトルをひとつひとつ海に流していく。

北小岩 「わかりました。
 ボトルレターを出しているのです。
 普段はわいせつなことばかり
 口にしている先生ですが、
 根はとてもロマンチストなのです。
 異国の女性に拾われ、
 文通できる日を
 楽しみにしているのでございますね」
先生はボトルに手を振ると、相好を崩しその場を去った。
だが、いくつかは浜に打ち上げられてしまっていた。
北小岩 「先生の愛が込められたボトルが!」
小さな漁船の陰に隠れていた弟子は、
師の愛の結晶を海に戻そうと波打ち際に駆け寄った。
北小岩 「あれっ?
 かわいらしい女の子の写真が
 入っております。
 丸文字でかかれたお手紙も‥‥」
(私はまだ男の人を知りません。
 このボトルを拾った素敵なあなたが、
 私を大人のオンナにしてくださいね!
 ケータイは090−0724−6‥‥)

水で濡れてしまったのか、
その後はぼやけて判読できなくなっている。
北小岩 「明らかに変であります。
 ビンの中はまったく濡れていないのに
 文字が滲みきっています。
 これでは番号がわかりません。
 もしかするとわざと‥‥」
そうなのである。
先生はこのボトルを拾った餓えた狼たちを
くやしがらせるだけのために、
毎週片道2時間もかけてここまで来ているのだ。

北小岩 「しかも拾った男がいたずらと気づいた時、
 とどめを刺すためにこの番号を‥‥。
 090はいいとしましても、
 後の0724―6は
 『オナニーしろ!』ではありませんか!!」

所詮、先生にロマンチックなことを求めること自体が
間違っている。
自分がモテない腹いせに
このような愚行を繰り返しているのである。

環境保護の観点からも、
ボトルレターは時代にそぐわなくなっている。
少女がロマンを求めて大海に託すのならまだ可愛げがある。
だが先生のようにただ海を汚し、
人の心まで汚す鬼畜な行為は、
断罪されてしかるべきであろう。

小林秀雄さんへの激励や感想などは、
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2004-12-12-SUN

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