小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の百拾壱・・・BAR


「あれ、先生。どこかへお出かけですか?」

いつもは千円以下の服を愛用している小林先生が、
タキシード姿を鏡にうつしているのを見て、
弟子の北小岩くんが問うた。

小林 「これから大人の社交場へな。
 そうや、
 お前もそろそろええ歳やろ。
 これからは
 大人のたしなみも
 身につけなあかんで」

先生は北小岩くんを
町はずれの格安レンタルショップに連れて行った。
そこでタキシードに着替えさせ、
銀座のとある店に急いだ。

北小岩 「むっ!」

店のたたずまいを目にした北小岩くんが
思わずのけぞった。
女性のおしりを模した黄金の扉の真ん中下めに穴があり、
そこから出入りするのである。
看板には
『FART BAR かぐや姫』と書かれている。
二人が中に入ると、ロマンスグレイの温厚な紳士が
声をかけてきた。

ロマンス
グレイ
「やあ、先生おひさしぶり」
小林 「これはこれは。
 今日は何を
 たしなんでいらっしゃるのですか」
ロマンス
グレイ
「『ヨーグルト・ロワイヤル』ですね」

白いロングドレスに身を包んだ痩身の美女が、
ロマンスグレイに近づいていった。
この店はタキシード着用が義務づけられており、
バーの女性はすべて高価なドレスを着ている。
美女はカウンターに座っている
ロマンスグレイの前に立つと
後ろを向いた。
彼は美女のおしりに鼻をつけた。

「プゥ〜」

ロマンスグレイは目をつむり、
ほのかな香りを吸い込むと何度もうなずいた。

ロマンス
グレイ
「デリシャス!」


美女は頬を赤らめ、恥ずかしそうにお辞儀し
カウンターの奥へ入っていった。

北小岩 「もしかするとここは・・・」
小林 「そうや。FART BAR。
 つまりおならを味わうバーやな。
 彼が今賞味したのは、
 ヨーグルトをベースにした屁のカクテルや。
 近頃の一番人気や。
 屁にも健康ブームが押し寄せとるので、
 あまり香りがきつすぎず、
 マイルドに嗅ぎほせるものが好まれとる」
ロマンス
グレイ
「すぐにおならは出ませんから、
 来店の6時間ほど前に
 電話でカクテルの予約を入れておくのです。
 すると美女は
 カクテルのもとになるものを食べて、
 ちょうどいいタイミングで
 嗅がせてくれるというわけです。
 料金は種類によって異なります。
 ヨーグルト・ロワイヤルは4千円ですが、
 レアのステーキと
 玉ねぎ、にんにくのカクテルである
 『ドラキュラ・ジンジン』は
 1万円以上します。
 匂いがきついものほど
 女性も恥ずかしいので、
 値段が高くなるのです」
小林 「せっかくやし、
 北小岩も何かオーダーしたほうがええな。
 初心者は
 『スィート・ポテプー』からやろな」

スィート・ポテプーとは、
サツマイモをベースとした
もっともスタンダードなカクテルである。
コーヒーでいえばブレンド、
お酒でいえばビールといったところである。
注文が多いため、店の女性たちも何人かは
常にサツマイモを食べて待機している。
予約せずに来店した場合は、
とりあえずスィート・ポテプーをオーダーするのが
賢明だろう。
先生とロマンスグレイが談笑していると扉が開いた。
上場会社を経営している伊達男が、
店のナンバーワンと腕を組んで入ったきた。

小林 「同伴出勤や。
 いろいろな香りのもとを入れ込んだ
 フランス料理のフルコースを、
 一緒に楽しんできたんやろ。
 そのコースのカクテルは、
 まあ10万は下らないやろな」

ナンバーワンは、
VIPE(びっ屁)シートに座った
経営者の目の前におしりを差し出した。

「プルルルン、プンルル」

お洒落なおならの音が響いた。
伊達男はおしりの割れ目を鼻でなぞると、
至福の表情を浮かべた。

小林 「俺もいつかあの人のように、
 フルコースのカクテルを堪能するのが
 夢やな」

各界の紳士が夜毎集い、
最高級の屁でもてなされる銀座FART BAR。
今宵も香り高き時間が流れてゆく。

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2004-04-25-SUN
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