小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の百拾・・・ 傷心旅行

「それでええ。それでええんや」

小林先生が客間の古いソファに正座する
若い男の肩をたたいた。
目には涙が光っている。
客人のためによっちゃんイカと
都こんぶを運んできた弟子の北小岩くんが、
思わず口を開いた。

北小岩 「先ほどほんの少しですが、
 お話が耳に入ってしまいました。
 もしさしつかえなければ、
 わたくしにも全貌を
 お教えいただけませんでしょうか」
小林 「ええか?」
客人 「はい」
小林 「彼とは数年前に
 ひょんなところで知り合ってな。
 それ以来ずっと懇意にしとるんや」
客人 「僕は小さい頃から引っ込み思案で、
 クラスでもいじめられっこでした。
 学校を卒業してもどこにも就職できず、
 彼女もいたことがありません。
 小林先生と初めてお会いしたのは、
 歌舞伎町の裏DVD屋でした。
 僕がDVDを選んでいると、
 先生はカゴをのぞき込んで
 大きくうなずきました。
 君はええセンスしとる。
 なかなかのエロ眼の持ち主や!
 そうほめてくださったのです。
 人からほめられたのは
 生まれて初めてでした」
小林 「それからDVDを貸し借りしたり、
 エロ情報を交換したりしとったんやが、
 いきなり音信不通になってな。
 連絡もとりようがなく、
 えらく心配したわ」
北小岩 「どこかにおでかけになっていたのですか?」
客人 「はい。
 再び帰ることのない旅に
 出ようと思ったのです」
小林 「彼は思い切って告白した女の子から
 酷い仕打ちをうけ、
 おまけにバイトもクビになり、
 希望を失ってしまったんやな」
客人 「気がつくと日本海の断崖に立っていました。
 そのまま身を投げようかと思ったのですが、
 最後に先生の声が聞きたくなったのです。
 電話に出た先生は
 何か不穏なものを感じとったらしく、
 やさしくこう言いました。
 まあええ、まあええ。
 そんなに急ぐことないで。
 そこで素っ裸になって脱糞してみい。
 肛門が微笑むほど気持ちええんやから」
北小岩 「・・・」
客人 「僕は朝から腹を下していたこともあり、
 先生の言葉に従いしゃがみこみました。
 お尻の穴からブホッと飛び出したものが、
 大海原へと吸い込まれていきました。
 すると全身が
 ポーッとシアワセな気分になり、
 今、僕は生きているんだって
 強く感じられたのです」
小林 「それから彼は日本中の、
 人が思わず
 命を絶ちたくなるような場所を回り、
 脱糞しまくったんや。
 傷心旅行。
 つまり彼のセンチメンタルジャーニーは、
 『ウンチメンタルジャーニー
  (傷心脱糞旅行)』に昇華された」
客人 「旅が終わる頃には、
 小さな自信が芽生えてきました。
 自分はちっぽけな存在に過ぎないけれど、
 まだまだ何かができるはずだと。
 そして今日東京に戻り、
 先生にお礼を言いにきたのです」
小林 「そうや。
 まあ、つらいことがあったら
 一人でぐずぐず悩んどらんで、
 いつでもまっすぐうちに来い。
 たまにはエロい店もおごったる。
 お前の悩みなど木っ端微塵になるぐらいの、
 俺が今まで味わってきた
 数々の生き恥話を聞かせたる。
 だが1回につき1枚、
 ちんちんが涎を流して喜ぶ裏DVDを
 みやげに持ってくるのを
 忘れたらあかんで!」

それを聞いた客人の目から、
再び大粒の熱いものが落下した。
先生と客人、そして北小岩くんは、
お互いの肩を抱きあい円陣を組むような体勢になった。
3人の涙が汚れた絨毯に小さな湖をつくり、
やがて大河となった。

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2004-04-21-WED
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