前川清の歌を聴きたい。〜4人が集まる、九州鉄道の旅〜 前川清・髙田明・唐池恒二・糸井重里

歌手の前川清さんがデビュー50周年となるこの年、
ほぼ日刊イトイ新聞は創刊20周年を迎えます。
お互いの「50」と「20」を祝い、
6月10日に記念コンサートを開くことにしました。
前川清さんは、ステージでまっすぐ立ち、
卓越した表現力で歌唱する方です。
ご本人は「歌は好きではない、うまくない」と
おっしゃるのですが、
50年間ずっと歌の世界を走ってこられたこと、
また、前川さんを尊敬する音楽家が多いことには
理由があると思います。
前川さんの地元である九州を列車で旅しながら、
糸井重里と、髙田明さん、唐池恒二さんが話します。
この連載を読んで前川さんの歌を生で聴いてみたくなったら、
ぜひ6月のコンサートにお越しください

この旅のルートを組んでくださったのは、
九州旅客鉄道株式会社(JR九州)さんです。

第10回 人吉。

「かわせみ やませみ」は
前川さんと糸井を乗せて人吉駅に到着しました。
夕暮れの山並みが遠くに見え、豊かな川が流れる、
熊本県最南端の街です。
駅では、宿の女将さんなど、
地元の方がたくさん
お出迎えをしてくださいました。
(お出迎えは不定期に行われているそうです)

そしてふたりは、
人吉名物のうなぎのお店
「上村」さんに足を運びました。

前川
「かわせみ やませみ」、よかったですね。
列車はやっぱり、ああいうのがいいです。
糸井
川を眺めてかなりのんびりできましたね。
では、名物のうなぎを
白焼きからいただきます。
うわ、つながってた!
前川
そうですね、びっくりしたでしょ。
箸を入れて、
そこまで動くとは思ってませんでしたよね。
糸井
身がでかくて、驚きました。
前川
ここの「鰻めし」と「うな重」は、
何がちがうんですか?
糸井
いっしょになってるか、
ごはんと分かれてるかの違いのようですね。
前川
じゃあいっしょになっている
「重」にしておきます。
糸井
ぼくも「重」でお願いします。
糸井
前川さんは、
「歌うのは嫌だけど舞台に出たら一所懸命だった」
とおっしゃっていましたが、
歌手の中にはもちろん、
歌が好きな方もいらっしゃいますよね?
前川
いらっしゃいます。
それはすごいことなんです。
たとえば、北島三郎さんも、
そうなのではないかと思います。
糸井
横綱の番付にいる、すごい人たちですね。
前川
要するに「紅白」でトリを取る方々です。
あのクラスの人たちは、
歌が好きでなくてはならないと思います。
ぼくは、「紅白」でトリを取ってくれ、と
言われることが、
もしあったとするならば、歌をやめます。
糸井
えっ、やめるんですか?
前川
はい、引退させていただきます。
なぜかというと、歌えないからです。
それを平気で、ともすればやりたい、
ということですから、
それはもう、すごい人たちなんです。
ぼくなんか、とんでもないですよ。
紅白歌合戦は、出るだけで精一杯です。
糸井
歌をやめるというところまで‥‥。
前川
やめます。耐えきれないです。
「紅白」の楽屋って、たいてい大部屋ですから、
みんなでワイワイガヤガヤ話すんですが、
急にふっとしゃべらなくなる奴が出てきます。
出番までモニターで順番を見てるので、
そわそわしはじめるんです。
あれは独特の雰囲気ですよ。
ところがそこでも
平気な方というのがいらっしゃるんです。
不思議だったので、ある方の脈を
楽屋で取らせていただいたこともあります。
自分と比べてあまりにも脈拍がゆっくりだったので、
驚きました。
「なんともないんですか?」
と訊いたら、
「うん、べつに」
と答えてくれました。
糸井
そっちもすごいですね。
前川
ぼくはとても細かい人間で自信がなく
「よく見せよう」と思っているからあがるのか、
己を過信していいところを人に見せたいから
あがるのか。
もう「あがる」ということがなんなのか、
わからないんですよ。
糸井
自分であがることがわからない(笑)。
前川
わかりません。
糸井
「紅白」は、歌詞を間違える人も多いし、
司会が歌手の名前や曲名を間違えることも
けっこうあります。
そういうことが起こる場所ですよね。
前川
ふだんそんなことないのに、
震えて歌ってる人もいましたよ。
ですからあそこで
トリを狙うというのは、すごいことなんです。
糸井
やっぱり多少なりとも、
「選ばれたい」という競争意識のようなものが
働くのではないでしょうか。
前川
ぼくは、そこはどうでもいいです。
鯉を買う金があったらいい。
しかし「紅白」は、稼ぐものじゃなくて、
映るものなんだと思います。
あれが1か月公演でしたら、話は違います。
テレビにいちどきり映って、それが大晦日。
ぼくも、こんなこと言ってますが、
紅白でもカメリハまでは調子いいんですよ。
糸井
やっぱり、そこはさらに慣れないですか?
前川
慣れないです。
ぼくは、野球もやってたんですが、
野球でもそうでした。
ブルペンでパーンと投げてるときは
調子いいんですが、
本番で「プレイボール」となったら、
なぜか球が急に遅くなるんですよ。
糸井
わはははは。
前川
「どうしたんだよ」って
キャッチャーに言われるんです。
糸井
でも、そういうタイプの人って、
逆に強ぶったり、
虚勢を張るものじゃないでしょうか。
前川さんには、それがありませんね。
前川
弱いは弱い、だめなものはだめです。
糸井
もしも前川さんが若いときに、
メンタルトレーニングの人に会ってたら、
違うコースをたどっていたかもしれないですね。
前川
また違う歌手になっていたかもしれません。
糸井
緊張がつくるものも、あると思います。
‥‥しかし前川さんは、
そんなにも自分の欠点を知っていながら、
ちっとも克服しようと思わなかったんですね。
前川
できないんです。
克服はしたいですよ。
楽しく歌いたいし。
糸井
日常で鼻歌とか歌わないですか?
前川
鼻歌は歌いません。
糸井
そうですか。
前川
まぁFMは聴きますよ、
ラジオは聴きますけど、
鼻歌は歌いません。
(明日につづきます)
2018-04-23-MON