ベニヒガサ
食不適
写真と文章/新井文彦

 「阿房(あほう)と云うのは、
  人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、
  自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。」

これは、ぼくが敬愛してやまない作家、
内田百フの代表作『阿房列車』の書き出しです。
まあ、世の中、人の思惑に合わせていることも、
ひとつやふたつじゃなく、多々ありますな……。

「ここには何もない」と田舎の人が謙遜するのも、
都会に住むあなたの思惑に合わせてそう言ってるけど、
もちろん何もないと思っているわけじゃありません!
と、心では思っているのではないかと(笑)。

自然環境が破壊されたり汚染されたりと、
そんな事故や事件のニュースを耳にするたびに、
ぼくがいつも思うのは、空気や水の大切さです。
空気や水が「タダ」なのは、価値がないからではなく、
逆にお金に換算できないほどの価値があるからなのだ、
と、思ったりするわけです。

自然資源は「タダ」かもしれませんが、
もし損ねてしまったら莫大なお金をかけても、
もう元には戻せないんですよねえ……。

さて。
朝夕の寒暖差で発生した霧が、
トドマツの葉っぱにからめとられて水滴となり、
それが太陽の光できらきら輝いている夏の朝、
森の地上を埋めつくす緑のコケの間に、
小さな赤いきのこが生えているのを見つけました。

ベニヤマタケ!
違う、アカヌマベニタケ……。
もしかしたら、ヒイロガサ、かな?
事務所に戻って各種図鑑を調べると、
ベニヒガサで一件落着(笑)。

これら、夏から秋に発生する、
小さくて赤くてかわいらしいきのこは、
本当に同定が難しいんですよね。

きのこの名前を調べようとする場合は、
実物をじっくり観察したうえで、
傘やヒダなど必要パーツの写真を撮ったり、
発生環境を詳しく記録するなど、
それ相応の情報が必要不可欠なんです。
大変なので、ぼくはあまりしませんが(笑)。

本気の本気で同定しなければ気が済まない、という、
研究者気質の人には、顕微鏡での観察も必須です!

ぼくが、この写真のきのこを、
ベニヒガサだと同定した理由は、
真っ赤な傘に粘性がないこと、
傘に同色の微細な鱗片がついていること、
ヒダの間隔が疎で色が黄色系だったこと、
柄が傘と同色で粘性がなくつるつるして中空だったこと、
トドマツの森で見られたこと、
などなど。

毒はないようです。
と、書くと、だったら食べてみようと、
チャレンジしたがる方がいるかもしれませんが、
中級者でもベニヒガサの同定は困難ですし、
小さいうえに、量の確保も大変……。
万が一、中毒しないとも限りません。
触らぬ神に祟りなし、です。

ぼくは、もう十何年も、
阿寒の森の中で長い時間を過ごしています。
お金にはあまり縁がありませんが(涙)、
清浄な空気と清冽な水はふんだんにあります。
これはこれで、すごくいいものですよ、みなさん。
お金に代わる価値観の尺度を想像するなら、
きれいな水と、きれいな空気、これに尽きます。

※このコンテンツでは、 きのこの食毒に触れてますが、 実際に食べられるかどうかを判断する場合には、 必ず専門家にご相談ください。
 
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