おしい!食べられるんです!
ヒラタケ 食
写真と文章/新井文彦

薄っぺらな半円形。
平らなきのこゆえ、ヒラタケでございます。
人工栽培もされているのでお店でもお馴染みかと。

ヒラタケ、と言えば、藤原陳忠(のぶただ)。
今昔物語集の「信濃守藤原陳忠落入御坂語」という話を、
中学校か高校で習った方も多いかと存じます。

藤原陳忠は信濃守の任期を終えて京へ戻る途中、
信濃と美濃の境に位置する神坂峠で、
誤って深い谷へ馬ごと転落してしまいます。
谷は深く険しく随行者たちは主の死を覚悟しますが、
なんと、谷底から「籠に縄をつけて降ろせ」との声が……。
言うとおりに籠を降ろし、引き上げると、これが軽い。
乗っていたのは、何と、ヒラタケ(笑)。
再び籠を降ろし、引き上げると、今度は超重い。
片手で縄をつかみ、もう方手にヒラタケを抱えた陳忠!
曰く、
落ちて木に引っかかったんだけど、
たくさんのヒラタケが生えていてさ、
見捨てたらもったいないじゃん!
「受領は倒るるところに土をつかめ」さ。

この説話によって、藤原陳忠は、
転んでもただでは起きない強欲受領、
というレッテルを貼られちゃいました。

実は、ぼくも「谷」に落ちたことがあるんです(笑)。
厳冬期の知床で海に落ちる断崖絶壁の滝を撮影していて、
すっと重力が無くなったと思うや否や、
高さ数十メートルの断崖から落っこちたんです。
(ここで人生のフラッシュバック初体験!)
で、細い木にひっかかって、セーフ……。
もう、恐怖と安堵が入り混じって、
かなり長い時間、震えて動けませんでした。

死を垣間見たのに、なおヒラタケを採る精神力。
経験しないとわからないかもしれませんが、
これ、本当にすごいことだと思います。
ぼくは、藤原陳忠を心から尊敬します!

話が明後日の方向へ行っちゃいました(笑)。
すみません、ヒラタケの話の途中でしたね。

天然のヒラタケは、広葉樹の枯木や切株などで、
雪解けから晩秋まで、長きにわたって見られる、
第一級の食菌でございます。
味も香りも癖がなくさっぱりで、
特に天然ものは、絶妙の歯ごたえ。
和風料理、洋風料理、何でもこい、です。

傘の直径は5〜15cmくらい。
表面は、最初やや黒っぽいのですが、
だんだん薄まって白灰色になっていきます。
基本的には半円形で柄は埋没している感じなのですが、
おがくずやビンなどを使った人工栽培ものは、
柄があってその上に傘、という典型的なきのこ形に成長。
よって、昔は「シメジ」として売られてました。
(今は「シメジ」とは名乗れません)

人工栽培きのことしては、
ブナシメジなどに押されてやや人気下降傾向ですが、
他のきのこ同様、天然ものは、ひと味違います。
採取するなら、春もの秋ものがおすすめ。
他の時期より大きくてぷりぷりしてます。
そして、有名な毒きのこ・ツキヨタケに似ているので、
どうぞご注意を。

そして、くれぐれも谷に落ちないよう、
重ねてご注意申し上げます(笑)。

※このコンテンツでは、 きのこの食毒に触れてますが、 実際に食べられるかどうかを判断する場合には、 必ず専門家にご相談ください。
 
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