イヌセンボンタケ 食不適
写真と文章/新井文彦

例えば、針は、1本、2本……と数えます。
約束を破ったら「針千本、飲〜ます」とか。
そ、魚にいますよね、あの、トゲトゲだけど、
どこか、愛嬌がある、ハリセンボン。
この場合の「千本」は、たくさん、という意味ですね。

じゃあ、イヌセンボンタケの、
「犬」が「千本」ってどういうこと?
犬がたくさんいるってこと?
でも、普通、常識ある大人は、
犬を、1本、2本……1000本とは数えません。

犬は、古くからヒトに飼われ、
最古の家畜だという説があり、
日本でも、縄文時代の遺跡から、
埋葬された犬が見つかってます。

世界的に、犬は、人類最古の「友」であるのに、
(ラテン語の学名は「家族に属する」の意ですし)
日本語で「犬」と言うと、悪い意味ばかり。

「お前、火付盗賊改方のイヌになったな」
と、言えば、まわし者とか、スパイの意味ですし、
犬の遠吠え、犬も食わぬ、犬の川端歩き、
なんて言葉に使われている「犬」も、
決していい意味はありません。

広辞苑によれば、「犬」という言葉は、
ある語に冠して、似て非なるもの、劣るものの意。
卑しめ軽んじて、くらだないもの、むだなものの意。
とあり、例として、
「犬蓼」「犬死」「犬侍」が挙げられています。
あ〜あ、散々ですねえ、日本のわんこ。

あ、犬と言えば、思い出すのは、
戌年の戌月の戌の日の生まれの、
徳川5代将軍・綱吉、ですな。
あの悪名高い「生類憐れみの令」では、
犬を、特に保護したそうです。
ついたあだ名が、犬公方。
この時ばかりは、わんこ天国!

そして、ここで、ようやく、
イヌセンボンタケの話にもどるわけですが、
この名前の「イヌ」も、要は、
マイナスイメージを彷彿させる意味ですね。
とにかく、たくさん、ば〜っと生えている、
どうでもいいようなきのこってことですかね。

ぼくは、このきのこ、大好きです。
千本どころか、数千本、数万本単位で、
木々を覆うようにぶわ〜っと生えている姿は圧巻。
もし、これを、人間が作ろうと思ったら、
一体、どれだけの労力を要すことか……。


※画像をクリックすると拡大します。

まだ傘が開き切ってない、
つぶつぶっぽい幼菌を見つけたら要チェック。
2、3日で、一気に、傘が開き、
あっという間に萎れてしまいますから。
ところが、
1週間くらいして再びその場所を訪れると、
また、ぶわぶわ〜っと生えていたり。
実にメリハリが効いた生き方です。

イヌセンボンタケは、
じっくり見ると、本当に美しい、
いかにもきのこ、という形をしています。
しかも、シックで、落ち着きのある、
アイボリーカラー、象牙色。

微細な毛がびっしり生えている傘の直径は、
大きなものでも、1cmくらい。
傘も柄も、もろくて、触ると、
ぼろぼろと崩れ落ちてしまいます。

毒はないらしいので、食べても問題ないようですが、
小さくてもろいので、採取も、調理も、
ともに困難なのではないでしょうか。

イヌセンボンタケを、しっかりと、
吟味・鑑賞できるかどうかで、
「きのこ道」の習熟度がわかります(笑)。

ちなみに、
我が一族郎党において「柴犬」という言葉は、
最上級のほめ言葉とされております。
【例】タミさんは柴犬のような人だ。
  (タミさんは思いっきりかわいい、の意)

※このコンテンツでは、 きのこの食毒に触れてますが、 実際に食べられるかどうかを判断する場合には、 必ず専門家にご相談ください。
 
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