アシベニイグチ 毒
写真と文章/新井文彦

アシベニイグチを見ると、
なんとなく思い出してしまう1冊の本があります。
その本の名は「瘋癲老人日記」。
谷崎潤一郎が晩年近い76歳のときに書いた作品です。

蛇足ながら、瘋癲(ふうてん)とは、
「精神状態が正常でないこと。また、そういう人。癲狂。」
という意味です、はい(広辞苑より)。

で、その、カタカナと漢字で書かれた、
谷崎の「瘋癲老人日記」の内容ですが、
ややうろ覚えなんですけど、ひと言で言うならば、
若くて美しい息子の嫁の足に惹かれるエロじじいの物語。
早いところが、足フェチの話です、足フェチ。

そう、アシベニイグチは、
日本語名に「足」がついているだけではなく(笑)、
学名の「Boletus calopus」からして、
ギリシャ語の「可愛い足」という語が基になっており、
ドイツ語の呼び名も「可愛い足のきのこ」なんです!

傘の色は地味ですが、その鮮やかな赤い柄=足は、
緑の森の中で、ひときわ映えます。

赤単色ではなく、ピリリと効いている黄色の妙。
かすかに見える絶妙としか言いようのない網目模様。
上から下まで均一でスッキリとしたフォルム。
傷つけるとすぐに青く変色することも、
マニアの心をくすぐるのではないかと……。

もし、きのこにもフェティシズムがあるとするなら、
間違いなく、足フェチ垂涎のきのこでしょう(笑)。
傘よりも柄に魅了されてしまうきのこなんて、
そうそう出合えるものではありません。

さて、このアシベニイグチの毒成分は、
それほど強いわけではなく、誤食したとしても、
軽い腹痛や下痢を起こす程度だと言われてます。

それよりも、食べると、相当苦いのだとか。
毒の強弱はさておき、その苦さゆえ、
食用にはまったく値しない、と言うことです。

谷崎潤一郎は、自身も、作品も、
楽しく生きていけるのならば、
ヘンタイと思われようがかまわない、
という姿勢を貫き通した人ですが、
この写真を撮影した、きのこ好きの写真家は、
そこまでの覚悟を持っているかどうか……。

※このコンテンツでは、 きのこの食毒に触れてますが、 実際に食べられるかどうかを判断する場合には、 必ず専門家にご相談ください。
 
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