第3回 手をつなぎ、暗闇を、読む人といっしょに行く。

糸井 川上さんをはじめ、
書くことを職業にしている方は、
真っ白な紙を前に、
どうやって文を書きはじめるのですか?
川上 手がかりがないと、小説って、書けないです。
少なくとも私は書けないです。
「このテーマでこういうすごい小説を書こう」
ということがほとんどなくて、
私はただただ文章を書きたいんです。
内容は実は何でもいいんです。
ですから、よくキーワードで書きます。

昔、糸井さんは、村上春樹さんとおふたりで、
同じ題でそれぞれが
ショートストーリーを書く、ということを
やっていらっしゃいましたね。それが、
『夢で会いましょう』という本になっていて、
すごくおもしろいんです。
糸井 あれは、ショートストーリーの毎回のテーマを、
片仮名言葉でやりましょうということに
決めていたんです。
アイスクリームだとか、ナイターだとか。
川上 テーマをきっかけにすると、
書きやすいですか?
糸井 書きやすいです。
でも、僕は今でも
自分が書き手だという認識が
あんまりないんです。
僕は、しゃべっているつもりなんですよ。
題を与えられたら、
その話をしようと思っているだけで、
それを手がかりにしています。
あの本は、1週間でできたんですよ。
川上 えっ? 1冊まるごとですか。
糸井 僕は2日か3日ホテルに入って、
村上春樹さんは
ちゃんと自分の家やお店で書きました。
村上さんは、書くのが早いんですよ。
「村上さんがいくつできましたよ」と
編集者が言うと、
あわててそれに追いつくように書いて。
川上 驚異的ですね。私、反省しました。
糸井 川上さん、筆が早そうに思えるけど。
川上 早くないです。
書きはじめれば早いですけど。
糸井 集中しない時間をまぜないと
書けないから遅いだけで、
書いているのエッセンスだけを見れば、
短いんじゃないのかな。
川上さんは、手書きですか、
それともワープロで書いていらっしゃるんですか。
川上 ワープロです。
糸井 ワープロですか。
ワープロで原稿を打っていて、
その文章の目の前に
先が見えてくると思うんですけれども、
その「植物の成長点」みたいなものって
何でしょう?
最後の文字でしょうか。
川上 そうです。そこはそうなんです。
最後に打った文字から次が出てくるんです。
ぞうきん絞るようにしてしか
出てこないんですけれども、
でも、最後の文字を
まずは書かないと次の最初が出てきませんね。
よく、誰に向けて書きますかという質問を
受けることがあるんですけど、
誰にも向けてないです。
自分にも向けてないような気がします。
結果的に、運がよければ読んでいただける、
そういう感じかな。
糸井 構想があって書くタイプの人は
きっとまた違うんでしょうけど。
川上 ええ、違うと思います。
糸井 川上さんの文章を読んでいると、
その戸惑いやら、
疾走感やら、
「えっ? 自分にうそついてないか?」とか、
「うわっ、言えてる」とか、ビシビシ感じて、
どうしようもなく、
連れていかれてしまうんですよ。
川上 要するにいいかげんに、
出まかせのようにして書いているということですね。
でも、それができたときのほうがいいんです。
糸井 はい、わかります。
川上 「こういうふうにしよう」と決めて書いちゃうと、
それこそ不自由なものになる。
書くほうも、暗闇の中で書いているんですよ。
バーのカウンターにさわって、
バーのカウンターのことを書いてみよう。
ちょっと歩いたら、わらにさわって、
「あっ、わらだ」と思って、
それを縫うようにして書いていくんです。
最初からそこに光があって、
あそこにバーのカウンターがあって、
はい、次はわらで、はい、次は何でというと、
つまらないです。
糸井 つまらないですし、書き手もつまらないですね。
川上 自分がまずつまらないし、
書いたものもつまらないし、
何か不思議だなと思います。
糸井 川上さんが構想的になることは
きっとあるんだと思いますけれども、
それにしても、そのすばらしい
「進み方の確信を持ってなさ」といいますか。
川上 「確信を持ってなさ」って、いいですね。
ほんとに持ってないから。
糸井 それは、一緒に歩いているんです。
読む人の速度と書いている人の速度が
一緒に二人三脚している感じというのが
たまらないんですね。
川上 それはありますよね、多分。
だからここに、
私のおすすめとして挙げた本は
少なくともどれも、
歩いている感じがありますね。
「こういうことをどうしても
 みんなに流布したいから書こう」
というスタイルではなく。

(つづきます)

(つづきます)

2006-01-18-WED
写真提供:活字文化推進会議
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