男女が同居するということ。
川上弘美さんと「いっしょ」を語る。

第4回
やりたいことってわからない。

糸井 やりたいことって、
まわりからいくら、
「わかる、わかる」と言われても、
本当には、わかれないところがあります。

本人にも、
「わたしは、それをやる必要があるし、
 それしか、できませんし」
というやり方。

自分が作ったものでも、
「通じなくてもいいかもしれない」
というギリギリのところで、子どもの自分の
置き土産みたいなイメージって、ありますよ。
ぼくの場合、それのひとつの典型が、
「速度だけあって、弾丸のないもの」なんです。
川上 形がないということですか?
糸井 弾が飛んでピューンといった時に、
弾さえもないんだけど
走ったということがあるというイメージがあって、
それはどう説明してもうまくいかないんですけど、
主体がないんだけど「こと」があるというか。

自分なりに、
「うまくいったな」と思うものって、
それに似たものができた時に
よろこんでいるような気がするんですよ。
川上 そうか、そうか。
それは速さだけじゃなくて、
いろいろなことに関してですか?

糸井 そのイメージが
自分の中ではシンボルになっているような……。
だから、チェシャ猫が好きなんですよね。
笑いがあって、猫がいない。
川上 でも最初は、「ある」んですね。猫は。
糸井 ネコはネコで、
それはこっち置いといて、
とした状態の、取り出した時間というか……。

こんなこと、ひとに言ったことないんですけどね。
川上 おもしろいですね、それ。
糸井 ひとの作ったものを
「いいな」と思う時って、無に近い、
「いいものがある」としか表現できない。
でも、「いいものがある」ことは証明できない。
でも、かといってそれを
集合無意識とか言われても困るし……。
川上 なるほどね。そうですね。
糸井 たとえば、小説を
直接読んでいる時の
ぼくの心の中のイメージとかというのは、
それに似てるんですよ。
川上 そこはでも、もしかすると、
わざとはっきりと形をとらせないためには
いくつかのテクニックはあるのかもしれなくて、
たぶん言葉を使う方々は
よくご存じだと思うんですけど、
「最小のものを出してくる」
ということなのかなぁ。
それだけでもないんだけど。
むずかしいなぁ。
糸井 むずかしいですね。
川上 書いてる時も、
何をしようとしているか、
自分ではよくわかっていないという部分があるから。
糸井 「言いにくいんだけれども、
 こんなようなことがいつも書きたいんですよね」
みたいなことというのは、おありになるんですか?
川上 そこが、よくわからないんです。
でも、あるんでしょうね。
あるんですけど、
そこは言葉にしちゃうと
書かないでよくなっちゃうから。

糸井さんは、ありますか?

糸井 ぼくも、いまの答えと同じ。
自分から質問したくせに質問しにくかったのは、
自分もそうだからなんですけど。
川上 言葉にしちゃうということは、
何か区切りをつけちゃうことで、
定義をつくっちゃうことだから、
それはきっと、したくないんですね。
でも、何かあるんだろうな。
ぼんやりしたイメージは。
糸井 むりやりにできちゃう
オモチャみたいなものというのが、
ぼくの場合は、作りたいのかもしれない。

たとえば半分ふざけてつくっているような
歌詞とかがありまして、
矢野顕子の歌なんですけど、
歌詞の中に四季をすべて入れちゃって、
「こんなイナカがありました」
と説明をつける場所があるんですよ。

ありっこないんだけど、
言葉としては書けちゃうとか、
そういうことに、ものすごく興味がありますね。
川上 そこは不思議ですね。
糸井 川上さんが書いているものにも、
矛盾とか何とかじゃなくて、
「書けちゃうから、ありよ」
というのが、あると思いますよ。
川上 そうか。あるな。

糸井 何かを作る時って、みんな、
すごく少ない人数の人のことを
追いかけすぎて、失敗するんですよ。

ここは、ぼくは零細企業経営者として、
勉強してきたところでもあるんですけど
「この分野のこういう人を掴むには、
 その方針ではいけない」
とかいって、大仕掛けな変更をしたりするけど、
みんな、ムダなんです。

それよりは、思いっきり
自分のやりたいことをやったほうがいい。
川上 ほんとにそうですね。
糸井 これは、経験で身につけた知恵です。
文芸誌も、きっとそうなんですよ。
編集者が
「ここはもうちょっとこうしたほうが……」
というのは、だいたいしないほうがいい(笑)。
だって、たどれっこないんだもん、小説なんて。

演劇とか見ている時はたどれますけど、
時間の流れがぜんぜん違うものを、
あの分量でイメージを
ずっと追いかけさせるというのは
ぜったい無理なのに、
「この人が出て、ここでこのセリフは唐突ですから」
と言っても、作者以外は、たどれていないものね。
川上 (笑)

(つづく)

2003-06-25-WED

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