カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

とある金曜日のお昼過ぎ。
梅雨の走りの曇り空の下。
代々木公園の真ん中の、広大な芝生ゾーン。
雨上がりということもあるのでしょう、
広場に人影はまばらです。

「あー、きもちいいですねえ」
藤本智士さん(32)は
穏やかな関西のイントネーションでそう言うと、
リュックからするりと赤い物体を取り出し、
僕に手渡すのでありました。


第55回
すいとうはカワイイ


山下 こちらは、アラジンの。
藤本 ええ、アメリカのアラジン社の魔法瓶です。
スタンダードなのがええかなと思って。
山下 はい、もう、たいへんかわいいです。
‥‥あの、藤本さん、
こんなところで立ち話もあれですし、
せっかくですから座りませんか?
きょうはぜひともピクニックスタイルで
取材を行いたいのです。

大阪にお住まいの藤本智士さん(妻子有り)は、
編集などのお仕事などをなさっている32歳。

この日、お仕事の打ち合わせで
東京へいらしていた藤本さんは、
旅のお荷物を抱えて
代々木公園までやってきてくださいました。

そんな藤本さんに座っていただくべく、
僕は持参したレジャーシートを広げます。


山下 (シートを広げる)よいしょっと。
藤本 あ、手伝いますよ(シートを広げる)。
山下 すみません恐れ入ります。
で、ここに荷物をポンと置いて‥‥。
藤本 おお、いいですねえ。
山下 さあ、ちょっとせまいですが、
どうぞ座ってください(座る)。
藤本 では、失礼して(座る)。
山下 いやあ、ははは、気持ちいいですねえ。
‥‥ん? 藤本さん、
すいとうが、もう1本ありますが。
藤本 あ、これ、
これは僕が最初に買ったすいとうなんです。
山下 最初というのは、
おとなになってから最初ということですか。
藤本 そうですそうです、2年くらい前ですか、
すいとうを持って歩いて使おうと決めて、
最初に買うたのがこれなんです。
山下 常に持ち歩いているんですか。
藤本 ええ、毎日。たまに忘れたりすると、
いちにち落ち着かないんです(笑)。
もう、シールを貼ってはがしたりしてるから
たいがい、きちゃないんですけど、
僕にとってはこの、きちゃなさも込みで
やっぱりかわいいんですねえ。
山下 シール、かわいいです。
藤本 これは「すいとんくん」といいまして
「すいとう帖委員会」の
キャラクターなんですよ。
山下 「すいとう帖委員会」、それはあれですよね、
藤本さんがなさっている
すいとうを広げる活動の。
藤本 ええ、そうです、
みんなで1本ずつ自分のすいとうを持とうよ
っていう、そういう委員会なんです。
山下 お噂はうかがっておりました。
そもそも、すいとうを広めようと思った
きっかけなどは?
藤本 きっかけは‥‥‥‥。
ま、その前に、飲みましょうか。
山下 そうですね、飲みましょう飲みましょう。
藤本 (すいとうを開け)さ、お注ぎします。
山下 や、これはどうも恐れ入ります。
藤本 水出しのほうじ茶、おいしいですよ。
山下 へえ〜、水出しですかあ‥‥。
しかし、このアラジンの赤いボディは
芝生の緑によく映えますですねえ。
藤本 そう、ほんとにかわいいのは
そういうアラジンみたいな
樹脂で包まれた魔法瓶なんですけど、
こういうステンレスのもね、
なかなか便利でして(自分で注ぐ)。
山下 あ! 藤本さん、お注ぎしますよ。
藤本 いやいやお気遣いなく、自分でやりますから。
山下 すみません手酌で。
‥‥では、いただきます(飲む)。
藤本 (飲む)‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥おいしい。
藤本 水出しのほうじ茶は、すいとうにいいんです。
紅茶のティーバッグとか中国茶とかも
試したんですが濃く出すぎちゃって。
これならそういうこともなくて、
なくなったら水を足せばまた飲めるし。
山下 すいとうの中に葉っぱが入ってるんですか?
藤本 いや、そのままじゃなくて、ええと‥‥
(リュックを探る)こういうね、
紙のパックに入れて、すいとうにポンと。
山下 なるほどお。
これならずいぶん手軽ですね。
藤本 はい、毎日のことですから。
山下 ‥‥‥‥あの、実はですね藤本さん。
藤本 なんでしょう?
山下 藤本さんのお茶のように、
おいしくはないのですが‥‥。
ピクニックスタイルということで、
僕はお弁当をつくってまいりました。
藤本 ほんまですか?
山下 ‥‥はい、恥ずかしながら。
出しますね(バッグから出す)。
せっかくですので、すいとうも並べましょう。
藤本 絵になりますねえ。
山下 果たして中身は絵になりますかどうか‥‥。
開けます(包みをほどく)。
藤本 なんや、うれしいなあ(笑)。
山下 ‥‥い、いかがでしょうか。
藤本 おおー、やったー!
山下 おにぎり、たまごやき、
カニとタコのウインナー。
デザートは、うさぎりんごでございます。
藤本 すごいですね。
山下 武骨な指で一生懸命こしらえました。
藤本 遠慮なしに、いただきます。
藤本 うまーい! うまいですよ山下さん。
山下 あ、ありがとうございます。
藤本 ‥‥またその、おにぎりと、すいとうと、
緑の芝っていうのが絵になりますねえ。

僕らはしばしのんびり、
たいへんおいしいほうじ茶と、
まあまあのお弁当をいただくのでありました。

公園のどこかで誰かが
サックスの練習をする音が聞こえます。
鳥の鳴き声も聞こえます。
世間話やお仕事の話をするうちに、
僕らの時間はどんどん過ぎていきました。


山下 ‥‥あ、そういえば藤本さん、
すいとうを広めようと思ったきっかけのお話
まだうかがっていませんでした。
藤本 そうでしたね、これは取材でした(笑)。
すっかりくつろいでしまって‥‥。
山下 続きをお願いします。
藤本 僕の事務所は、カフェをやってるんですが、
昔そこにね、近所の小学生の子が
学校帰りに寄り道しにきてたんですよ。
山下 あらら(笑)、何人くらいで?
藤本 5、6人でしたかねえ、
つるんで入ってきよるんです。
その子たちがみんな肩からすいとうさげてて、
席に座ってね、麦茶を飲みだすんですよ。
山下 カフェなのに注文もせずに(笑)。
藤本 このやろーって思うんですけどね(笑)、
でも、その光景がかわいいんですよ。
「おっちゃん飲む?」とか言われるから
飲んでみたら、キンキンに冷えてて
これがまたうまいんですよ、夏だったし。
なんかいろいろ思い出して‥‥。
ああ、子どもんときって
とにかく冷たいの飲みたかったよなあとか、
部活のあとウオータークーラーに向かって
めっちゃ走ってたよなあとか‥‥。
山下 そうですか‥‥。
藤本 子どもたちの様子をみてて、
ああ、ええなあと思ったんです。
これ、おとなにも全然ありやん、と。
で、まず自分も使ってみようと思って、
とにかく1本買ってみました。
山下 それがこのステンレスのやつですね。
藤本 そう、そしたらほんまに便利で、
自分の家でお茶わかすのも楽しいし、
持って歩けば誰かに飲ますこともできるし。
もっとたくさんの人が
マイボトルを持つ世の中になったらいいのに
と真剣に思うようになったんです。
山下 なるほどお‥‥。
で、そうして出されたのが
この「すいとう帖」なわけですね。
藤本 3色の装丁でつくってみました。
山下 (中を拝見)いろんな方の、
すいとうのある暮らしが紹介されていて‥‥。
首からさげられるんですね、こんなふうに。
藤本 どうぞそれ、お持ちください。
山下 え? いただけるんですか?
藤本 ええ、もう山下さんは
すいとう委員会のメンバーですので。
山下 わかりました、委員長。
では、このままさげて帰ります(笑)。
藤本 ありがとうございます(笑)。
それとですね、
すいとうへの思いがさらにきっかけとなって、
7月にはムックを刊行する予定なんですよ。
山下 はい、それも噂にきいております。
藤本 (リュックから出す)これが、
表紙のゲラなんですけどね‥‥。
山下 わあ、すいとうだあ。
藤本 「Re:S(りす)」っていう本なんです。
すいとうの便利さを発見したときみたいに
スタンダードな物の良さを見つめ直そう
と、そんなテーマでつくっています。
山下 いいですねえ、出版たのしみにしています。

それからまた、僕らは世間話に。
犬の散歩が5組ほど通りすぎました。
ヘリコプターが頭上を2度通過しました。
時間は流れます。


山下 ‥‥‥‥藤本さん。
藤本 なんですか?
山下 いま気づいたんですが、ここの芝生の緑、
これほとんど、クローバーですね。
藤本 ほんとだ、シロツメクサや。
山下 すいとうとシロツメクサ(すいとうを置く)、
何度も言いますが、絵になりますねー。
藤本 ペットボトルも便利ですけど、
さすがにこうはいきませんからねえ。
山下 草原が似合うといえば藤本さん、
ほら、これも。
藤本 あ(笑)、そうですね似合います。
山下 じゃ、これも一緒に撮りまーす。
山下 ほらほら(画像を見せる)。
藤本 あ、これうさぎや、ほんまや!
山下 ありがとうございます(笑)。
シロツメクサといえば(うさぎを食べながら)、
四つ葉のクローバー、ないですかねえ。
藤本 探せばあるんじゃないでしょうか。
山下 ですよね、こんなに生えてるんですから‥‥。

広い公園にしゃがみこむ、男ふたり。
しばらく無言で「幸せ」を探しました。

やがて、藤本さんが
お仕事に向かわなければならない時刻に。
僕らはレジャーシートをたたみ、
露に湿ったクローバーの広場をてくてくと
JR原宿駅へ向かって歩くのでありました。
「四つ葉のクローバーは
 簡単にみつからないこそいいのだ」
そんな会話をぽつぽつ交わしながら。




気持ちがリフレッシュされる、
爽快なかわいさでありました。

藤本さんが主宰する
「すいとう帖委員会」についての
詳しくはこちら↓からどうぞ!

2006-05-31-WED

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