カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

よく晴れた4月下旬の金曜日、午後1時。
東京都内のとあるマンション。
大きな窓から春の光がそそぎこむ
清楚なリビングルームに、
僕たちふたりはお邪魔しております。

きはらようすけさん(48)は、
背負ってきたリュックのなかから
緑色のやわらかな物体をとりだすと、
手のひらにそっと、座らせるのでありました。


第54回
あみぐるみはカワイイ


山下 わあ(笑)、かわいい、かわいいです。
きはら ありがとうございます。
ベトナムくんという名前です。
山下 ベトナムくん!
きはら 頭にかぶせたのが、
ベトナムの三角帽みたいになったので。
山下 そうですかあ‥‥。
この、口がいいです、ぽかんとあけた口が。
山下 あどけないなあ‥‥。
きはらさん、あみぐるみはいつごろから?
きはら ええと、あれはいつでしたか‥‥。
先生、
最初に教わったのはいつでしたっけ?

先生。
そう、今回の取材には
「先生」がいらっしゃるのです。
あみぐるみの先生といえば、
お察しの読者もおられることでしょう。
こちらのコンテンツでもおなじみの
タカモリ・トモコ先生、そのかたです。
僕たちはタカモリ先生のお宅に
お邪魔しているのでありました。
直々に、あみぐるみを教えていただくために。

そして、順不同でご紹介させていただきます。
今回のおじさん=きはらようすけさん(既婚)。
きはらさんのお仕事は、イラストレータです。
ジャカジャカジャンケンでおなじみの、
「ポンキッキーズ」のコニーちゃんを描かれた、
まさしくそのかたです。

おじさんふたりと、キュートな先生。
春の日のマンションの静かな一室で、
なんとも平和な時間がはじまりました。


先生 最初は‥‥たしか3月末?
きはら そうですね、そのくらいですよね。
山下 先月のことですか。
きはら なので、まだ2体しかつくってないんです。
最初に編んだのが(リュックから出す)、
これなんですよ。
山下 わあ(笑)、困った顔がいいですねえ。
きはら ピーナッツのピーちゃんです。
山下 なるほど(笑)、ピーナッツですか。
ああ(手に取る)、ピーちゃん困ってるなあ。
「やめて〜、はなして〜」
きはら ははははは。
山下 しかしすごいですね、最初からこんな
オリジナルをつくられるなんて。
先生 きはらさんは、ほんとに真面目で
優秀な生徒さんなんですよ。
きはら いやいや、僕なんか編み目も雑だし‥‥。
みてくださいよ先生のこの作品。
山下 ‥‥すばらしいかわいさです。
きはら ねえ、かわいいですよねえ‥‥。
山下 ‥‥‥‥あ、あの、じつはですね。
きはら はい、なんでしょう。
山下 せっかく先生に教えていただくのにですね、
なにもできない丸坊主のままでうかがうのは
これ、やっぱり失礼だろうと。
僕なりに編み方の基本を勉強しまして‥‥。
きはら そうですか。
山下 それで‥‥(カバンをまさぐる)。
‥‥あの、笑わないでくださいね。
‥‥(出す)あ、編んでみました。
きはら おおー。
先生 すごーい! 山下さんすごい。
できてるじゃないですか。
山下 天使くんを‥‥。
家にあった毛糸と、動眼で‥‥。

さて、のんびりしてはいられません。
この日の僕らの目標は、
「あみぐるみをそれぞれひとつ完成する」こと。

僕はさっそくテーブルにつくと
自分がつくりたいあみぐるみのイメージを
タカモリ先生に伝えます。
編みたいものは、うさぎ。
自分が飼っている、パンクという名の
耳のたれたうさぎをどうしても編みたいのです。
ユザワヤで、パンク色の毛糸も買ってきました。

僕が伝えたイメージをもとに、
それを形にするための数式を
タカモリ先生が紙に書いてくださいます。
白い紙に並ぶ数字、数字、数字の列‥‥。
しかし、僕は決してうろたえません。
なぜなら予習をしてきたからです!

いよいよ、山下は編みはじめました。
きはらさんは、すでにどんどん編んでいます。
さすが先輩!


山下 (編みながら)‥‥きはらさん、
今回なにをつくられるんですか?
きはら (編みながら)それは、のちほどの
おたのしみということで。
山下 そうですか、わかりました(笑)。
‥‥それにしても、さすが先輩、
手つきが慣れてらっしゃいますね。
きはら いやいやいや、まだまだですよ。
どうもこの、力の加減がむずかしくて‥‥。
山下 はい、もどかしいですよね‥‥。
きはら なな、はち、くう、じゅう‥‥。
山下 ‥‥そもそも、なぜあみぐるみを
はじめられたのでしょう。
きはら ‥‥‥‥え? すみません、上の空でした。
山下 あ、こちらこそすみません、
編み目を数えている最中に‥‥大丈夫ですか?
きはら じゅうさん、じゅうし‥‥大丈夫です。
で? なんでしたっけ?
山下 あみぐるみをはじめたきっかけを‥‥。
きはら あ、きっかけはですね、
もともと先生とは昔から知り合いでして。
じゅうく、にじゅう‥‥
で、いつかやってみたいと‥‥
‥‥あれ? 僕いくつまで数えましたっけ?
山下 申し訳ありません、邪魔をして。
‥‥わかりました、お話はよしましょう。
とにかく集中しましょう。
きはら そうですね、それがいいですよね。
山下 はい、編みましょう。
きはら 編みましょう。
山下 ‥‥‥‥(編む)‥‥‥‥。
きはら ‥‥‥‥(編む)‥‥‥‥。

そんな僕らのやりとりを、
タカモリ先生は笑顔で見守っておられます。

いつもの取材ですと、きっかけですとか
エピソードなどをうかがうのですが、
今回それはよしにしました。
とにかく編みます、仕上げます。
男ふたりは、結果で勝負いたします!

約2時間が経過しました。


山下 ‥‥まだこれだけです。
先生 大丈夫ですよ、かならずできますから。
山下 わかりました、がんばります。
‥‥あれ? きはらさん、
もうそんな、4本も編んだんですか?
きはら いえ、いま編んだのは1本だけです。
とてもいちにちでは編めないと思ったので
家で途中まで編んできたんですよ。
山下 えっ! そ、そうなんですか。
‥‥僕はなんにも準備をせずに
丸坊主でやってきてしまいました。
きはら 大丈夫ですよ、先生がいるんですから。
山下 ‥‥‥‥せ、先生、
あらためて、どうかよろしくお願いします。
先生 はい、こちらこそ。

時々わからない部分を先生に質問しながら、
僕らは黙々と編み続けました。
タカモリ先生は、どんな質問にも
これ以上ないほどやさしく、ていねいに、
わかりやすく、何度でも、答えてくださいます。

やがて陽が落ち、
部屋にやわらかな照明が入るころ、
僕はなんとか頭の部分を編み上げました。


きはら おおー。
先生 頭ができればもう、ほとんどできてますから。
もうすぐですよ。
山下 はい!
きはらさん、編みましょう。
きはら 編みましょう。
山下 ‥‥‥‥(編む)‥‥‥‥。
きはら ‥‥‥‥(編む)‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥(編む)‥‥‥‥。
きはら ‥‥‥‥(編む)‥‥‥‥。

さらに僕らは編み物を続けました。
そして矢のように時は過ぎ、午後10時、
ついに完成のときがやってきます。


きはら ‥‥‥‥‥‥よし、と。
山下 ‥‥できましたか!
きはら ‥‥これで、どうでしょう。
山下 わああああ。
先生 かわいい! すごいです、きはらさん、
この子は、宇宙人?
きはら はい、火星人です。
山下 名前を、名前をきめてあげないと!
きはら ええと、うーん‥‥‥‥火星人くんで。
すみません、頭がぼーっとしてて
それくらいしか思いつきません。
山下 や、シンプルですてきだと思います。
足は3本にしたんですね。
きはら ええ、1本の足に費やしたあの2時間は
なんだったのかとも思いましたが、
バランスをみてそうしました。
山下 そうですかあ、いいなあ‥‥。
きはら 目玉と口がうごくんですよ。
こうやって(動かす)‥‥。
ほら、「へっ」という顔にしてみました。
山下 ほんとだ! すごい!
先生 3作目でこれは、ほんとに優秀です。
きはらさん、やりましたね。
きはら ありがとうございます。
山下 これを、こうすると‥‥。
はははは、びっくりした顔になったぞ!
先生 ‥‥さ、山下さんもあとひといき、
がんばって完成させましょう。
山下 はい!
編みましょう。(ひとりで編む)

時刻は夜の11時。
とうとう、僕のうさぎも完成のときが‥‥。
最後の最後に、糸で口を描きました。


山下 ‥‥‥‥‥‥で、できた。
きはら ‥‥できましたねえ。
山下 ‥‥‥‥か、か、かわいい。
きはら ‥‥うれしいですよね、できあがると。
山下 はい、それはもう‥‥。
この顔をじっとみてたら、
ちょっといま泣きそうになりました(笑)。
きはら すごいですよ、きれいに編めているし。
山下 先生のおかげなんです。
僕はご指導の通りに編んだだけで‥‥。
きはら はい。先生がいたから
僕ら最後までできたんですよね‥‥。
山下 先生、ありがとうございました。
きはら ありがとうございました。
先生 いいえ、おふたりががんばったからですよ。
ほとんど休まず10時間も編み続けるなんて、
大変なことなのに。
最後までがんばってくれて感謝しています。
山下 そ、そんな‥‥。
先生 それに、おふたりとも
辛そうではなくずっと楽しそうだったことが
みていてすごく嬉しかったです。
ありがとうございました。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
きはら ‥‥‥‥‥‥‥‥。
先生 ‥‥あの、せっかくですから、
この子たち一緒にお写真撮りませんか?
山下 は、はい、それはもう!
きはら じゃあ‥‥(並べる)こんな感じで。
山下 撮りまーす。
きはら どうせなら僕らのあみぐるみを
ぜんぶ並べますね(並べる)。
山下 いいですねー、撮りまーす。

こうして、10時間にわたる
「あみぐるみ教室」はぶじ終了。
僕らはそれぞれ終電に駆け込み、
帰途についたのでありました。

帰宅後、僕はもちろんすぐに
新しい仲間をうちのうさぎに紹介しました。
パンクはしばらくクンクン臭いをかいでから、
あごをポンと、あみぐるみの上にのせました。
こちら、パンク最上級の親愛の行為なのです。


「よろしくね、と」


いまさらではありますが、
あみぐるみは、ほんとうにかわいかった!

イラストレータにして、
このようなゲームもつくられている
きはらようすけさんのHPは
こちら↓からどうぞ。

そして今回たいへんお世話になった
あみぐるみ作家・かぎ編み研究家の
タカモリ・トモコ先生の
サイト「aminet」はこちらから。

わかりやすくてその上おしゃれな本を
たくさん出版されている先生ですが、
こんな一冊はいかがでしょうか?

『あみぐるみの本』日本ヴォーグ社

2006-04-26-WED

HOME
戻る