カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

7月のとある火曜日、午前10時、快晴。
長野県諏訪郡富士見町。
見渡す彼方は360度すべて、雄大な山景色。
そんな絶景を望む丘に建つ、一軒の住宅を
僕たちふたりはたずねております。

西村豊さん(56)は、
僕らを広いダイニングに案内してくださると、
雪の中で眠るそのちいさな生物の写真を、
優しそうな目で見つめるのでありました。

第42回
ヤマネはカワイイ。

山下 漢字ですと、冬に眠る鼠、
「冬眠鼠」と書いて、
ヤマネと読むんですよね。
西村 ええ、そうです。
国の天然記念物に指定されています。
山下 ああ‥‥この、まるくなって冬眠する姿が、
ほんとにもう‥‥。
西村 ゴルフボールよりすこし大きいくらいです。
山下 そう! ちっちゃいんですよね、ヤマネは。
西村 からだが6センチ前後、
尾っぽが5センチくらいですね。
自然写真家・西村豊さんのことを知ったのは
10年ほど前、一冊の写真集がきっかけでした。
『ヤマネ 森に遊ぶ』

今でこそヤマネはわりと有名になりましたが、
「こんな生き物が日本にいたなんて!」
と当時の僕はたいへん驚いたものです。
その、おそらく日本ではじめて
ヤマネを一般の人々に紹介した写真家である
西村豊さんのご自宅まで、
思いが高じて山下は、この日とうとう
おしかけてしまったという次第。

ところで今回の取材は、
僕に同行してくれた方がいらっしゃいます。
それは、福田利之さん(38)です。
こちらの表紙を描いてくださった
イラストレータの福田利之さん(既婚)。
運転が未熟な山下を心配し、
わざわざレンタカー(軽)を借りて、
ドライバー役を引き受けてくださったのです。
途中、車を停めてはこのように、

フォト絵につかう写真を撮ったりしまして、
非常にたのしい道中だったのですが、
それはまた別のお話。

なにはともあれ、
ぶじ目的地まで到着した僕は、
西村さんのお話をうかがっております。
福田さんも僕のとなりで聞いています。

山下 そもそものお話をうかがいたいのですが、
ヤマネを撮り続けようと思われたのには
やはり、何かきっかけが?
西村 ええ、ありましたねえ‥‥。
ずっとホンドギツネを追いかけてたのですが
ある日、八ケ岳の山麓で野宿をしたんですよ。
山下 野宿、山の中で、おひとりで?
西村 はい、夏の夜、暗やみの中、
シュラフに入ってこう、寝はじめたんですよ。
そしたら、どうも足元に何か気配を感じる。
起きあがってライトで照らしてみたんですが
何もいない。
で、また寝ようと思って
うっつらうっつらしていると、
また気配を感じる。
今度はそっとライトをつけてみたら‥‥。
山下 いましたか。
西村 シュラフの上にちいさな動物がちょこんと。
こっち向いてジーッとしてるんです。
その目が、特徴的だったんですよ。
山下 この目ですね。
西村 そう、黒くてつぶらで、やさしい目で‥‥。
山下 その時まだヤマネのことはご存知でなかった。
西村 ええ、知りませんでした。
わ、これはネズミの顔じゃない!
なんだろうなんだろう、みたことない!
図鑑でもみた記憶はない。
いったいなんなんだろう‥‥と、
思わずふっと起きあがったら、
暗やみにササッと消えていったんです。
山下 ‥‥そうですかあ。
西村 あの目が忘れられなかったんですねえ。
帰ってからいろいろ調べて、
ヤマネという動物だとわかりました。
それからはもう、明けても暮れても
やまねー、やまねーの毎日で。
山下 ずいぶん探されたんですか。
西村 まずは知ってる山小屋に、
「こういう動物がいたら教えてください」
と手紙を出したり電話をしたりしました。
山下 みつかりましたか。
西村 いやあ、山小屋の人たちは
「知らん、そんなもん」
「30年住んでるけどみたことない」
ですとか、そんなかんじで‥‥。
山下 そうでしたか‥‥。
西村 3年近くたって、やっと一軒の山小屋から
電話が来たんですよ。
山下 そこまでで、3年‥‥。
西村 で、行ってみましたら、
いるんですよ本物が。カンヅメの缶の中に。
山小屋に入ってきたのを捕まえたそうで。
あれは感動しましたねえ‥‥。
当然すぐ山へ放しましたが。
山下 え? 写真は撮らなかったんですか?
西村 撮りたいのは森でくらす動物なので。
山下 ‥‥ああ、そういえば、西村さんの写真集は
すべて森のなかのヤマネを写してましたね。
西村 ええ、自然のなかで、もう一度出会いたくて。
それでまた山小屋をたずねていくうちに、
「昔うちのじいちゃんが見た」
とかそういう話を聞くようになって、
私もいろんな山に入ってみたんです。
山下 空振りの日もありますよね。
西村 もちろんです。
というかほとんどが空振りですよ(笑)。
山下 でも、とうとう出会えたと。
西村 はい、いろんな情報を集めて、
私なりに経験を積んで、ここならいるかも
という場所で何日も見はっていたら、
やっとチラッとみえるようになりました。
山下 こんなふうに。
西村 ああ(笑)、はい、そうですね。
山下 うれしかったでしょうねえ。
西村 ますますのめり込んでしまいました(笑)。
山下 とはいえ、やはりその後もそう簡単には
見つからないわけですよね。
西村 とにかくちいさいので‥‥。
この写真、ご覧になってください。
山下 あ、このなかにヤマネがいるわけですね‥‥。
西村 写真集にはそういう見つけにくい写真を
何点か入れるようにしてるんです。
自然のなかではこんなふうですよってことも
伝えたいので。
山下 (探しつつ)ちいさいんですよね‥‥。
西村 カブトムシくらいです。
山下 (探す)ええと、うーんと‥‥。
福田 ここにいました(指さす)。
山下 あ! ほんとだ! いたいた(笑)。
‥‥福田さん、めざといですね。
福田 す、すいません! お話のじゃまをして。
あ、あの‥‥そうだ、僕はちょっと
そとで写真を撮ってますので‥‥。
福田さんは、玄関のそとへ。
気を遣ってくださったのだと思います。
「西村さんと僕をふたりきりにしなければ」
ずっとその機会をうかがっていたのでしょう。

取材は続きます。

山下 やはりこの、ちいさいということが、
人々に知られずにいた理由なのでしょうか。
西村 それもあるかもしれません。
よく山小屋とか住宅にも入ってくるんですが、
ネズミだと思われちゃうんですよ。
山下 たしかに、家の中をチョロチョロしてたら
子どものネズミに見えます。
西村 ‥‥そうするとね、駆除されてしまうんです。
山下 ああ‥‥。
西村 しかも、弱い動物なのに好奇心が強い。
ネズミは人を見るとすぐ逃げますが、
ヤマネはじっとこっちをみてますからね。
山下 そうなんですか‥‥。
西村 その上、ネズミと同じげっ歯目なのに、
多産種ではないんです。
山下 ネズミ算式に増えない。
西村 年に一度か二度、3〜5匹産むだけです。
山下 そうですか‥‥。
こちらにたいそう愛らしい
赤ちゃんの写真もありますね。
西村 生後15日くらい、目がひらいたころです。
うまれてすぐは体重2グラムなんですよ。
山下 に、2グラム!
1円玉、2枚ぶんですか?!
西村 これも生後15日くらい、
よちよち巣穴から出てきたところです。
山下 ふわああ‥‥。
西村 20日くらいたつと
ずいぶん活発に遊びはじめますよ。
ほら、兄弟でレスリング。
山下 ははははは、レスリング。
西村 遊びを通じて学び、
もちろん母親からも学ぶわけです。
山下 家族で散歩してます(笑)。
西村 これはお母さんがつかまえたトンボを
子どもたちが食べているところです。
山下 ひゃあ‥‥。しかしトンボと比べると、
いかにちいさいかがよくわかりますね。
西村 こうして母親から様々な知恵を教わると
やがて子別れの時期になるわけです。
山下 ‥‥なるほど。
そうして季節も変わって、
どんどん冬に近づいていくと。
西村 はい、冬に冬眠するためには
体重を増やしておかないとだめなんです。
1.5倍くらいに。こんなかんじですね。
山下 ほんとだ、まるまると‥‥。
西村 それで気温が10度以下になると、
動きがにぶくなり、冬眠をはじめます。
山下 これなんか、ぐっすり眠ってますねえ‥‥。
西村 こうして数匹集まって冬眠することもあれば
一匹で冬眠するヤマネもいるんです。
山下 そうですか‥‥。ですが西村さん、
こういう枯れ葉を集めた巣ですとか、
木のうろのなかですとか、
温かそうな場所で冬眠するのはわかるのです。
でも、雪の中で寝ている写真がありますよね。
西村 ええ、こういうものですね。
山下 はい‥‥う、うわあ、かわいい‥‥。
西村 これは写真展にいらした宮崎駿さんが
気に入ってくださった一枚なんです。
山下 そうですか、あの宮崎監督が‥‥。
西村 「雪の綿帽子をかぶったお地蔵様」
という表現で写真集の帯もくださいました。
山下 ああ、お地蔵様‥‥。ほんとですねえ。
ですがその、なぜこの雪の綿帽子を
かぶってしまうのかがわからなくて‥‥。
どうしてわざわざ雪の中で冬眠するのですか?
西村 それは‥‥この写真をみてください。
山下 はい、寝ていますね、雪のなかで。
西村 上に木のうろがありますでしょ?
ヤマネさんたちは最初ここで寝てたんです。
山下 ん?それがなぜ?落っこちたんですか?
西村 いや、自分でそとに出たんです。
冷たい風が吹き込んで、
うろのなかが0度以下になったんでしょう。
そうするとヤマネは目を覚まして
別な場所をさがすんです。
山下 いくらなんでも寒すぎると起きるんですね。
‥‥でもなぜ、一度起きて雪のなかに?
西村 雪山で遭難した人間と同じですよ。
雪洞を掘るんです。
雪のなかは0度以下にならないから。
山下 ‥‥そうか!かまくらのなかは温かいと!!
西村 そういうことです。
山下 へええええ‥‥。
いやはやどうも、驚きました‥‥。
西村 こんなお話でよろしかったでしょうか。
山下 ありがとうございます、もちろんです。
カワイイとひとことで言ってしまったのが
なんだか申し訳ないくらいです。
こうして取材はぶじ完了。
僕は西村さんと一緒に、そとに出ました。
ところが、福田さんが見当たりません。
そとで写真を撮っているはずなのですが。
周辺をすこしさがして、
駐車場に向かってみましたら、車のなかで‥‥。

山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥福田さん。
西村 ‥‥お疲れだったのでしょうか。
山下 じつは福田さん、徹夜明けでして、
それなのにずっと運転してくださって‥‥。
西村 ‥‥そうですか。
山下 ‥‥‥‥冬眠鼠のように眠っています。
西村 ‥‥‥‥はい。
山下 ‥‥‥‥ことし38歳です。
西村 ‥‥‥‥‥‥そうですか。


ちいさいけれども、
生命感あふれるかわいさでありました。

今回の取材で西村豊さんから僕は
たくさんのメッセージをいただきました。
そのすべてをお伝えできないのが残念です。
機会があれば、というかぜひ、
西村さんの本を手に取ってみてください。
ヤマネの愛らしさはもちろんですが、
野生動物に対する西村さんの敬意が、
まっすぐに伝わってくるはずです。

 
 

掲載しましたヤマネの画像は、西村さんが
たいへんなご苦労で撮影されたものです。
どうか、画像の転用はなさらないでくださいね。

文末になりますが、福田利之さん(B型)、
取材へのお付き合い、ありがとうございました。
徹夜明けの眠気とたたかいながら、
必死にハンドルを握り続けた利之さん、
最後はまるで「落ち武者」のようでした。
ゆっくりお休みください。

2005-07-20-WED

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