カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

台風が近づく8月末の月曜日、午前10時。
代官山のモダンなマンションのお宅に、
僕はお邪魔しておりました。

「さっそく、つくりましょうか」
金澤まささん(48)は、
つややかな声でそう言うと、
高さ約12センチの金属でできた物体を
テーブルの上にコトンと置くのでした。

第26回
黒ネコはカワイイ。


山下 つくりますか、黒ネコ。
金澤 ええ、チャレンジしてみましょう。
山下 ちなみに、このモールド(型)で
実際にチョコレートをつくったことは‥‥。
金澤 いやあ、ないですねえ。
ですが、まあなんとかなるでしょう。
山下 ちゃんと黒ネコになるといいですね。
金澤さんのお仕事は、スタイリスト。
奥様はビンテージ食器を販売するお店を経営。
去年僕がマグカップの本をつくったとき、
とてもお世話になったご夫婦です。

「何かカワイイもの、ないでしょうか?」
僕が出したメールに、ご主人の金澤さんは
一枚の画像を添えてお返事をくださいました。
それが、このチョコモールドだったのです。
いただいたお返事には、
「その他、黒ネコの置き物等もございます」
とありました。
「ではぜひ、黒ネコのチョコをつくりながら
 黒ネコグッズを紹介してください!」
という展開になった次第。

さて、キッチンに入った男ふたり。
おぼつかない手つきで、
チョコ作りの準備をすすめていきます。

山下 あ、金澤さん、いつのまにそんな‥‥。
金澤 このエプロンのことですか?

山下 ええ。
金澤 やはり形から入ろうと思いまして。
山下 ‥‥すばらしいです。
お料理は、よくなさるのですか?
金澤 やあ、まったくやりませんねえ。
でも、きょうはたぶん大丈夫ですよ。
家内がアンチョコをつくりましたので。ほら。

山下 (読む)なるほど、わりとたいへんですね。
金澤 ええ、なかなか微妙なようです。
単にチョコを溶かすだけではないのですね。
奥様のレシピを見ながら僕たちは、
チョコを削り、削ったチョコを湯せんにかけ、
温度を気にして溶かしていきます。

金澤 お〜、なんだかキッチンが
甘い香りでいっぱいになりました。
山下 ‥‥‥‥‥あの、金澤さん。
金澤 はい?(溶かしつつ)なんでしょう。
山下 ‥‥まったく関係のないことを
うかがってもよろしいでしょうか。
金澤 え? ああ、どうぞ。
山下 以前お会いしたときにも思ったのですが、
‥‥金澤さん、声が、とても素敵ですよね。
金澤 そうですか(笑)。
山下 昔DJだったとか、そういうことは‥‥。
金澤 いえいえ、まったくないです。
山下 そうですか。とても魅力的なお声です。
耳がきもちいいです。
金澤 (溶かしつつ)ありがとうございます。
山下 おとしは、おいくつでしたっけ。
金澤 48です。
山下 ああ、お若いですよねえ、ほんとうに。
金澤 山下さんはおいくつですか。
山下 僕はきょうで42になりました。
金澤 きょう?
山下 はい。
金澤 誕生日なんですか?
山下 はい、たまたまそうでした。
あ、金澤さん、ちょうどいい温度ですよ。
金澤 おっとっと。では、流し込みますね。
山下 お願いします。

モールドをそっと冷凍庫にしまうと、
僕らはダイニングルームへ移動。
チョコがしっかり固まるまでのあいだ、
黒ネコの置き物を
みせていただくことになりました。
テーブルの上にずらり、
黒い陶器のコレクションが並びます。

金澤 これなんか、おもしろいでしょ?

山下 金魚鉢ですか。
黒ネコがのぞきこんでいるんですね。
金澤 あとはこういったものとか。

山下 いいですねえ、調味料入れですね。
ん? こちらは?

金澤 それはレターラックです。
山下 あ、手紙を立てておくものですか。
顔がすごくおもしろいです(笑)。
で、こっちは本を立てるものですね。

金澤 そう、ブックスタンド。
卓上ライターなんかもあります。

山下 まだまだ‥‥いろいろありますねえ。
みなテイストが似てる気がするのですが
何かシリーズのようなものなのですか?
金澤 いや、シリーズではないのですが‥‥。
オキュパイド・ジャパンは、ご存知ですか?
山下 え? あ、はい、聞いたことはあります、
たしか第二次大戦直後の日本製品のことかと。
金澤 ええ、占領下日本の輸出製品です。
これは、ぜんぶそれなんですよ。
山下 ‥‥なるほど、黒ネコのものなら
なんでも集めるわけではないのですね。
金澤 そうですね、ただ集めていくと
どうしても雑然としてしまうので。
山下 オキュパイド・ジャパンというのは、
やはりいろんな製品があるのでしょうか。
金澤 ええ、ありますよ、実にたくさん。
山下 とくに黒ネコを集めようと思われたのは、
なにかきっかけでも?
金澤 ああ‥‥。
それは、縁とでもいいますか‥‥。
山下 縁、ですか。
金澤 こういう黒ネコの置き物をみつけたのは
もうずいぶん昔のことなんですが、
最初はべつに集める気もなかったんです。
何となく、数個だけ買ってみたんですね。
山下 はい。
金澤 そしたらその数日後に、
本物の黒ネコを拾ったんですよ。
山下 本物といいますと? 動物の?
金澤 そう。近所の薮の中で、カラスに追われて
半死半生になっているのを助けたんです。
これもなにかの縁だと思いましてねえ。
それからなんです、
黒ネコの置き物を集めだしたのは。
山下 そうなんですか‥‥。
金澤 モモ! モモ、こっちおいで。
山下 え!? いるんですか!?
金澤 はい、隠れてるんですよ。
家内には素直なんですが、
僕にはぜんぜんなつかなくて‥‥。
ちょっと、つれてきますね(奥へ行く)。
山下 ‥‥‥‥‥‥(待つ)‥‥‥‥‥‥‥。
金澤 (奥から)山下さーん、写真撮りますでしょ?
山下 (奥へ)あ、はい、ぜひ撮りたいです!
金澤 (奥から)では、いまからつれていきますが、
すぐに逃げちゃいますので、
はやいシャッターでお願いします!
山下 (奥へ)わ、わかりました!
金澤 (奥から)準備はいいですか?
山下 (奥へ)オーケーです!
金澤 (速足で来て)さ! ど、どうぞ! 急いで!

山下 (あわてて撮る)と、撮りました!
金澤 まだいけそうです。もう一枚、どうぞ!
山下 ありがとうございます!

モモ シャー(と鳴いて腕をふりほどき奥へ)
金澤 ‥‥‥撮影できましたか。
山下 はい、迷惑そうな顔がキュートでした。
金澤 やはり、そんな顔をしていましたか‥‥。
でも、それでも僕はネコが好きですね。
そうこうしているうちに30分が経過。
僕たちは再びキッチンへ向かいました。
チョコが固まる時間なのです。

金澤 ‥‥なんだか、いい感じじゃないですか?

山下 キンキンに冷えています。
金澤 じゃあ、開けてみますね。
山下 慎重にお願いします。
金澤 はい。‥‥お、お、お、山下さん!
みてください、これ大成功じゃないですか?

山下 ほんとだ、きれいにできましたね!
完成したチョコをお皿にのせて、
僕らはまた、ダイニングテーブルへ移動。
オキュパイド・ジャパンをまわりに並べ、
せっかくなのでお花も飾って、記念撮影です。


山下 やりましたね、金澤さん!
金澤 うーん、ですが、近くでよくみると
まだまだですよねえ。

山下 ああ、少し気泡が入ってますね。
金澤 それと、さっきつい指で鼻をさわって
溶かしてしまいました。申し訳ありません。
山下 いえいえ、こちらこそすみませんでした。
僕が用意したのがミルクチョコだったので
黒ネコではなく茶ネコになってしまいました。
ブラックチョコを用意するべきだったのです。
そこへ奥様と
娘さんの百合座ちゃん(1歳)が
そとから戻ってこられました。
僕がお邪魔したときには
ふたりとも隣室にいたのですが、
どうやらお買い物に出ていたご様子。
奥様は完成したチョコをキッチンへ運びます。
すこし溶けてきたので、
冷蔵庫へ戻してくださったのでしょう。

無事チョコができてひと安心の僕は、
百合座ちゃんに「アンパンマン」の絵本を
読んであげておりました。
メロンパンナちゃんがピンチになった
ちょうどそのとき、
ダイニングの照明がパチンと消えました。
キッチンから出てきた奥様が、
ひすい色のお皿をテーブルに置きます。


山下 ‥‥‥‥あ。
ご主人 ♪ハッピバースデー トゥー ユー
 ハッピバースデー トゥー ユー
山下 ‥‥(すばらしい声だ)。
ご主人 ♪ハッピバースデー ディア 山下さーん
 ハッピバースデー トゥー ユー
みなさん おめでとー。
山下 あ、ありがとうございます!
‥‥ふーっ(ロウソクを消す)。



42歳、本厄。
スイートなかわいさで、
この日、厄払いをさせていただきました。

僕と金澤さんが出会った場所、
奥様のアリアードナさんが経営する
ビンテージ・グラスウエア・ストア、
「キッチュイン」のHPは↓からどうぞ。

2004-09-01-WED

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