カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

7月某日月曜日、摂氏30度の曇り空。
みなと横浜・山下公園を見おろす
マリンタワーの4階に、僕はいました。

受付カウンターの宮中理さん(64)は、
やさしい笑顔で僕を出迎えると、
“園”の奥へ向かって呼びかけます。
「サイちゃーん、おいでー!」
ほどなく、バサリと優雅な羽音。
姿を現わした体長1メートルほどのその生物は、
受付ロビーの止まり木に、
大きなからだをヒョイとのせるのでありました。


第23回
サイちゃんはカワイイ。



山下 わ、わ、うわあああ。
宮中 オオサイチョウの、サイちゃんです。
山下 す、すごい‥‥。
宮中 うちの看板娘。
山下 看板娘‥‥ということは女の子ですね。
宮中 もちろん、女の子ですよお。
ねえ、サイちゃん。
宮中さんは、横浜マリンタワー内にある
「世界鳥類園バードピア」の園長さんです。
オオサイチョウのサイちゃんは、
その「バードピア」でいちばん人気なのだとか。
アイドルの看板娘を目の前にして
やや緊張気味の山下ですが、
とにかくお話をうかがってみましょう。
山下 ‥‥わ、わりと、おとなしいのですね。
宮中 ええ。大丈夫ですよ、もっと近付いても。
山下 は、はい。(ほんの少し接近)
‥‥サイちゃんは、いつもこの入り口に?
宮中 そうですね、私がカウンターにいるときは、
こうしてお客さんをお出迎えしています。

山下 ‥‥‥‥え、ええと、
オオサイチョウという種類なのですよね。
宮中 はい。サイチョウ科のオオサイチョウ、
インドネシアとかマレーシアとか、
そっちのほうの鳥です。
山下 サイチョウ‥‥
なぜそういう名前なのでしょう。
宮中 ああ、それは、この頭の部分がですね‥‥。

山下 はい(もう少し接近)。
宮中 四つ足動物のサイに似ていて、
それでサイチョウという名前なんです。
山下 なるほど、サイが由来ですか。
ん? ああ、よくみるとサイちゃん、
まつげが長いですねえ。
宮中 そうそう、まつげ、チャームポイントです。
山下 うまく写真に撮れるかなあ。(さらに接近)

サイ カパカパカパカパ!(くちばしを鳴らす)
山下 うわあああ!(よろける)
宮中 あ、大丈夫ですか?
山下 だ、大丈夫です。失礼しました。
怖かったのです。
あまりに大きく、迫力があったので‥‥。
でも、そんなことは言ってられません!

山下 あ、あの宮中さん、お願いがあるのですが。
宮中 はい、なんでしょう。
山下 サイちゃんをですね、この、僕の腕に、
とまらせることはできますでしょうか。
宮中 あ、できますよ。
山下 できますか!!
宮中 ええ。じゃあ、もっとこっちへきて、
腕をここへ出してください。
山下 ‥‥は、はい。(意を決して腕を出す)
宮中 ほら、サイちゃん、ここにのって。
そう、ここだよ、ここにのるの、ここ。
サイ (のる)
山下 わわわわわ! のった! のりました!!
お、重っ! あんがい重たいです!
そうだ、しゃ、写真撮らなきゃ。(パニック)
か、片手でなんとか‥‥よいしょ。
撮影/パニック中の山下哲(41)

宮中 ああ、それじゃあうまく撮れないでしょう。
よかったら私が写しましょうか。
山下 お、お願いします!(デジカメを渡す)
宮中 じゃ、いきますよ。(ファインダーをのぞく)
山下 あ、それはデジカメなので画面を見ながら
撮っていただければ。
宮中 ああ、はいはい、なるほど。
これはシャッター押すだけでよいのですか?
山下 はい、そうです、お願いします!
宮中 サイちゃーん、横向いてー。
その角度じゃあ、
自慢のくちばしがきれいに写らないよー。
山下 いい子だから、ほら、こっち向いて、ね。
‥‥あ、向きました! 横向きました!!
宮中 撮りまーす。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
宮中 ‥‥‥‥シャッターはどれでしょう?
山下 そ、それです! そこの丸いやつ‥‥。
宮中 これ?
山下 そう、それです!
宮中 よし、じゃあ、こんどこそ撮りまーす。
ワン、ツー、‥‥はい。

山下 (画像を見て)はい、ばっちりです!
宮中 サイちゃーん、もうおりていいよー。
サイ (おりる)
山下 ‥‥いやあ、ありがとうございました。
それから僕は宮中さんに
「バードピア」の園内を
案内していただくことになりました。
サファリパークの“鳥バージョン”
といえばわかりやすいでしょうか。
世界の鳥たちが放し飼いされた
大きな鳥カゴの中に人間が入っていく、
それが「バードピア」なのです。
各自こういうエサを手に持って。


「ピイヤー、ピヤピヤー」
「カウ、カウカウカウカウ」
七色の声に包まれながら、
僕と宮中さんは入口の扉をくぐります。
おそるおそるの、
エサやり体験をご覧ください。

ホロホロ鳥に、おそるおそる

クジャクに、おそるおそる

ウコッケイに、おそるおそる

キンケイチョウに、おそるおそる

インコに‥‥あ、これは平気!

山下 宮中さん、みてください!
インコが僕の手に!
宮中 ほら、どんどんやってきますよ。
山下 わあ、ほんとだ! はははは、
頭と肩にもとまりました!
宮中 かわいいもんでしょ?
山下 はい、これはたのしいですねえ!
宮中 (笑)それはよかったです。
では最後に、
あれに残りのエサをあげてください。
山下 はい。‥‥‥‥‥‥え。
あ、あれは?
宮中 エミューという鳥です。
なかなかの人気者なんですよ。
山下 ‥‥エミュー。
だ、ダチョウみたいです。
宮中 ダチョウの次に大きい鳥ですね。
さ、ほら、あげてください。
山下 ‥‥は、はい。(超、おそるおそる)

エミュー ぐええええええ。
山下 うわあああああ! む、無理です!!
僕は、エミューから逃げるように
入口の受付ロビーへと戻ってきました。
「大きい鳥のかわいさを、
 このまま僕は理解できないのだろうか‥‥」
ひとりでそんなことを考えていると、
宮中さんもロビーへ到着。
いったん園内に戻していたサイちゃんを、
再びロビーにつれてきてくれました。
サイちゃんを見つめる宮中さんの目は、
とても穏やかです。

山下 ‥‥あの、宮中さん、
やはり宮中さんは、ここにいる鳥の中で
サイちゃんがいちばんかわいいのでしょうか。
宮中 まあ、そうですねえ、
それぞれの鳥に良さはありますが、
この子は特別かもしれません。
もう18年もこうして一緒ですしね。
山下 ああ、そんなに‥‥。
宮中 おとなしくて、ひとなつっこいし‥‥。
それに、甘えんぼうなんですよ。
山下 え? ‥‥なつくのはわかる気がしますが、
鳥が甘えるというと、いったいどういう‥‥。
宮中 サイちゃん、ほら、こっちおいで。
(カウンターをトントン叩く)

山下 ん? ためらってますね。
宮中 いいんだよ、サイちゃん、きょうは。
いつもはここにのると叱るけど、
ほら、きょうはいいんだよ、おいで。
サイ (ヒョイと、カウンターにのる)
宮中 よーし、よしよし。(背中をなでる)
山下 あれ? あれれれ、横になっちゃいました。

宮中 (なでながら)こんな人になれた頭のいい鳥、
めったにはいないですよ。
山下 ああ‥‥‥‥‥。
ほんと、そうなんでしょうねえ。
いやあ、驚きました。
宮中 (なでながら)犬や猫とおんなじでしょ?
山下 はい‥‥。
あ? あらららら‥‥。
は〜、こうなっちゃうんですかあ。

宮中 ‥‥眠ってしまうんです。
山下 (笑)気持ち良さそうに寝てますねえ‥‥。
サイちゃんの寝顔をながめながら、
宮中さんは「バードピア」28年の歴史などを
静かに話してくださいました。
宮中さん、もともとは電電公社に勤める
ごく一般の愛鳥家だったとか。
「できるだけ広い場所で飼ってやりたくて
 鳥カゴを少しずつ大きくしていったら、
 結局こういうことになりました」
 ‥‥のだそうです。
なんてすごい、
「好きが高じて」なのだろうと思いました。

そんなお話をあれこれしていると、
ロビーにお客様がやってまいりました。
仲良さそうな若いアベックです。
慣れた手つきで入園券を切る、宮中さん。
熟睡していたサイちゃんも、
お客様の気配に目を開きます。
ああ、でも、もっのすごく眠そう‥‥。
ガンバレ!
眠るな、看板娘!!

     
「ああ、起きなくちゃ起きなくちゃ起きなくちゃ‥‥」





怖かったりもしたけれど、
最後はかわいい気持ちになれました。
よかったです。

宮中さんの巨大な鳥カゴ、
「世界鳥類園バードピア」のご案内は、
こちら、横浜マリンタワーのHPからどうぞ。

宮中さんがカウンターにいるとき、
サイちゃんはロビーに出ることが多いそうです。
ロビーにいないときは、
園内を探してみてくださいね。

2004-07-21-WED

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